日本の生産年齢人口の減少や長時間労働が大きな社会問題となる中、サービスクオリティを下げずに顧客体験をさらに向上させるために、デジタル化を推し進める大手企業やスタートアップが増えています。企業のDXを推し進めるには、どこから着手すれば良いのでしょうか。DXをスムーズに推進するための組織構築について、大手企業、スタートアップ、そして外部支援としてDXを推進するお三方にお話を伺いました。
このセッションは、2023年3月2日に開催したLogistics DX SUMMIT 2023で、「DX先駆者から学ぶ、実践的DX組織論」と題して行いました。登壇者は、ヤマト運輸の中林紀彦さま、ネバーマイルの深作康太さま、ウルシステムズの漆原茂さま、Shippioの佐藤孝徳の4名です。モデレーターを務めた漆原さまの問いかけに答える形式で、物流業界におけるDX組織の在りかたについて語りました。
漆原:ここ10年で急激にスタートアップが増え、物流業界にもDXの機運が高まりました。外部人材の登用や、先進技術の導入などが進んだ印象ですが、DXを後押しした要因は何ですか?
中林:この10年でデバイスの進化や普及、デジタル化が当たり前になりました。実際、デジタル空間上で完結できることが多くなったと感じています。テクノロジーと環境の大きな変化によりデジタル化の必然性が高まり、そこに物流業界も追随していきました。また、デジタル化が競争優位性になると気が付いた部分もあります。
佐藤:社会全体のリテラシー向上は、大きいと思います。ここから先、「やはりファックスが便利だよね」とはならない。ヤマト運輸さんの再配達手続きが、LINEのチャットで完結できるようになったのを受けて、BtoBの貨物でも可能だと判断する流れも不可逆だと思います。
漆原:物流業界において、特にDXのどこが難しいでしょうか?業界特有の課題や重要なポイントを教えてください。
漆原 茂/ウルシステムズ株式会社・代表取締役会長
先端テクノロジーとスタートアップをこよなく愛するエンジニア。アーキテクチャやクラウド設計、大規模分散システム、超高速処理が大好きで、毎晩コードを書きながら寝る。東京大学工学部卒、1989年より2年間スタンフォード大学コンピュータシステム研究所客員研究員。2000年にウルシステムズを創業、2006年にJASDAQに上場。現在、ウルシステムズ・アークウェイ・ULSグループ各社の代表取締役。
中林:モノを移動させることは、デジタル空間上だけでは完結できず、人または機械のオペレーション作業などフィジカルな作業が必要になります。その作業を可視化し、デジタル化することで初めてDXが進みます。しかし、フィジカルな部分のデジタル化ばかりに注力して投資を行うと、今度は費用対効果が合わなくなります。そこのバランスを取りながら、いかに効率良く投資していくかが重要です。
また、デジタル化を先行して推し進めても、実際の現場のオペレーション作業にそぐわなかったら結局は使えません。フィジカルなオペレーション作業とデジタル化の双方をフィードバックループさせながら試行錯誤して運用していくことが大事です。しかし1日や1週間、1ヶ月などの短期間で変えることは難しく、長期的な時間が必要になります。デジタル化と聞くと、短期間でアップデートできるイメージがありますが、長期間にわたり忍耐強く進めていくことも重要です。
佐藤:DX推進を事業の主軸と捉えているかが重要だと思います。DX推進を経営判断、あるいは経営企画担当者の認識の元で推し進めないと、スタートさせることから実装・運営までを一気通貫で見られず、必ずどこかで壁にぶつかります。
中林:経営層がDXを推進する目的をきちんと見定め、それを実現していくために、戦略的な組織を構築できていることが重要です。組織が構築できていれば、会社の状況に応じて社内と社外の人材をバランスよく活用していくことができます。
漆原:そもそも物流DXは、どんなゴールを目指してますか?ビジョンを教えてください。
中林: 物流業界はものすごくフィジカルな業界ですが、当社はフィジカルな部分からデータを抽出・整備し経営の意思決定に活用する、データ・ドリブンな企業に生まれ変わろうとしています。今まではお客さまに提供しているサービスと、そのサービスを支えるデジタル基盤やシステムなどはそれぞれ独立していました。現在はそれらを統合し、リアルタイムにデータ連携できる新しいデジタル基盤を構築し、フィジカルな部分とデジタル技術を上手く掛け合わせ、新たな価値提供を行っていきたいと考えています。
中林 紀彦/ヤマト運輸株式会社・執行役員(輸配送データ活用推進担当)
2002年、日本アイ・ビー・エム入社。データサイエンティストとして数々の企業のデータ活用を支援。その後、オプトホールディングス データサイエンスラボの副所長、SOMPOホールディングス チーフ・データサイエンティストを経て、2019年8月ヤマトホールディングス株式会社入社。2021年4月からヤマト運輸株式会社執行役員に就任。重要な経営資源である”データ”をグループ横断で最大限に活用するためのデータ戦略を構築し実行する役割を担う。また筑波大学の客員教授として、ビッグデータ分析の教鞭も取る。
深作:まず物流業界を、どんな切り口で捉えるかが重要だと思っています。日本の物流は、運送業という切り口で捉えることが多いと思いますが、サプライチェーンとして捉えると、面白い見方ができます。
最近は、運送会社と荷主さん、あるいは建設業界と物流業界など、登場人物や産業の橋渡しとなるソフトウェアへの問い合わせが多い印象です。橋渡しとなるソリューションを提供し、サステナブルな物流業界を目指すことが、私たちのビジョンです。
佐藤:物流スタートアップとしてDXに7年間取り組み、分かったことは、ソフトウェアだけでDXを完結させることは非常に難しいということです。物流DXの難しさは、モノが出発点から終着点まで届く過程に、単純にソフトウェアを挿入すれば解決するわけではないところです。リアルとデジタル空間が混在しているので、データの共存や設計が非常に難しく、実装や運用も簡単ではありません。シンプルにソフトウェアの事業をするだけでは辿り着かない領域でした。
そこで、我々自身が貨物利用運送の免許を取得しフォワーダーとなり、オペレーションとクラウドサービスの両方をセットにし、総合的にサービスの価値を上げていく方向に切り替えました。これが我々のビジョンです。
漆原:物流領域のDXを推進する上で、人材の登用や育成も大事です。人材・組織・マネジメントの観点で、どのような進め方が良いでしょうか?
佐藤:スタートアップは、出身産業の多様性があります。ソリューション営業をやっていた人もいれば、エンジニアもいれば、物流会社や総合商社など、さまざまなところで経験を積んできた人たちが在籍しています。この人たちを束ねて事業を前に進めていくには、コミュニケーションコストがかかります。しかし、それゆえ多様なスキル・ナレッジが社内に保有でき、多角的な強さが出ます。多様性の確保がないとDXは進まないと考えています。
また、社会の根本的な問題解決をしたい気持ちを持っている人を採用するのが良いと思います。派手ではありませんが、インフラの根幹をDXすることは、社会へのインパクトが大変大きい。そこに対してパッションを持っている人たちとチームを組むことは、組織の成功として大きいと思っています。
深作:良いデータや良いソフトウェアは、人材を育てます。たとえデジタルの知見がない現場でも、ソリューションを導入すると、彼らは「このソフトウェアは使えます」「これ使えません」など、技術に対する目利きができるようになります。このような力がつけば、私はDX人材としては十分だと思っています。社内の人材リソースが少なかったとしても、外部リソースを活用するなど乗り越え方はいくらでもあるのです。
深作 康太/株式会社ネバーマイル・代表取締役CEO
2008年近鉄エクスプレスに入社後、システム部門でグローバルシステムの開発から運用まで担当。2012年フューチャーアーキテクトへ入社し、物流関連を中心に戦略策定〜システム導入まで幅広く担当。2017年からホームロジスティクスのCIO(出向)に就任。ニトリグループ物流領域の全面デジタル化、およびオートメーションのプロジェクトを推進。2020年株式会社ネバーマイルを設立。物流業界だけでなく鉄鋼や建設など伝統ある巨大産業に対してソフトウェアを通して変革を起こすべく挑戦中。
中林:既に社内でデジタルに関する業務を行っていた社員は、専門的な知識を持っています。その方たちが、ITやテクノロジーの知見を新たに習得し、知見が足りない部分を外部パートナーに協力いただくことでオペレーションを止めることなくDXを進めることができます。それが上手く回り出すことで、内製化がさらに加速します。そのタイミングで、外部からスペシャリストを招き入れてチームアップしていくことが良い形だと思います。デジタルの専門チームと事業部門の社員を橋渡しする人材の登用や、現場の成熟度・スキルを上げる教育プログラムを設けることも大切です。
佐藤:大企業は、これまで培ってきた制度やお作法など、目に見えない仕組みがあると思います。外部から登用する際、その方たちが枯れずに花咲くようにするのは難しいと思いますが、そのために意識している施策はありますか?
中林:魅力的な人事制度にしていかないと採用が難しくなってきていると感じています。日本の企業は総合職として一括採用し、転勤や異動、ジョブローテーションを繰り返しながら、長期的に人材を育成するメンバーシップ型雇用が多い印象です。しかし、求めるスキルを限定して採用するジョブ型雇用も視野に入れ、メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用をハイブリッドに組み合わせた方が、外部人材の採用は進むと考えています。専門職はマネジメントではなく専門能力で給与が上がる評価制度など、人事制度の多様性が組織の重要な部分になっていくと考えています。
漆原:経営層への説得はどうされていますか?
中林:現場がプロダクト機能やソリューションの仕組みを事業に取り入れるには時間がかかりますが、その時間軸を経営層に説明し、クイックウィン(※1)で短期的な成果を出しながら、長期的なゴールを描いていくことが重要だと思います。明日・来月・来年で結果が出るものではないと理解し、その時間軸を踏まえた上で、Jカーブを描くことが重要です。
※1 長期のビジネスゴールを見据えつつも、短期・中期で成果を上げていこうとする考え方や方策のこと
漆原:一般消費者には見えづらいですが、エッセンシャルワーカーを含め、社会の根幹となる仕組みに手を入れていることをひしひしと感じました。未来が描けると、エンジニアだけでなく他業種からもどんどん参入してきて、業界の活性化が期待できますね。ここから先、物流業界にどのような未来を描いていますか?
中林:まだまだフィジカルが先行し、デジタルが後追いしている状態ですが、フィジカルとデジタルのバランスをどのように取っていくかが大切だと考えています。デジタルツインという言葉がありますが、必要なデータを整備し、そこから少しずつデジタルが先行する未来をシミュレーションしつつ、オペレーションの最適化を考えています。
安価でハイクオリティなサービスを、いままではアナログかつフィジカルな運用で提供していました。そこにデジタル技術を組み込み、より効率的にできるようになれば、労働人口が減っても同じクオリティでサービスを提供できるようになると考えています。また、サプライチェーンがシームレスにデジタルでつながることで、物流業界の最適化もより加速すると思います。
深作:物流業界と他業界の相性の良さに着目しています。日本のマーケットは、ほとんど物流に関連しています。サプライチェーンを技術でもっと良いものにできると信じています。
物流の面白さは、フィジカルとデジタルの融合です。温かいがデジタルも生きている、そんな世界観が好きな人はどんどん物流業界に来て欲しいですし、一緒に未来をつくりたいと思っています。
佐藤:ふたつの二項対立があると思っています。まずひとつ目は、フィジカルとデジタルです。ふたつ目は、これまでの産業をつくってきた大手物流企業と、ゼロから立ち上げてきたスタートアップです。もちろん対立はしていませんが、そこに線は引かれている気がしています。
既存産業の方は、業界の課題をよく理解しています。しかし成熟産業の中では、制度やお作法が確立されており、そこからはみ出して評価されることが難しい現状があります。スタートアップは、課題をよく知ってる方たちと協力してソリューションを開発し、悪戦苦闘をしながらインストールしていきたいと思っています。大企業とスタートアップの相互の人材流動化が進み、お互いにとっての成功体験がつくれれば、業界が盛り上がると思っています。
佐藤 孝徳/株式会社Shippio・代表取締役 CEO
新卒で三井物産に入社。原油マーケティング・トレーディング・オペレーション業務、企業投資部でスタートアップ投資業務などを経て、中国総代表室(北京)で中国戦略全般の企画・推進に携わる。2016年6月、国際物流のスタートアップとしてShippioを創業。国際物流領域のデジタル化を推進、業界のアップデートに取り組んでいる。
漆原:最後に一言ずつお願いします。
佐藤:物流あるいは製造業のサプライチェーン産業にとって必要なのは、DXを実行できるチームアップだと思っています。ダイバーシティを強調し、そこに向かってチームアップしていく。そこを意識して、日々の業務に取り組んでいただけたら、みんなでこの産業を前に進めていくことができると思っています。
深作:この業界には、我々もまだ気が付いていないホワイトスペースがたくさんあります。日頃の小さな気づきが、大きな課題になります。ですから少しでも気になることがあれば、この業界、プレイヤーに相談をして欲しいです。この業界のプレイヤーは、横の繋がりがあり仲がいいので、チームを組んで課題解決をしたらすごい力を発揮できると思っています。長期的にこの業界を良くしていきましょう。
中林:DXに関する組織論で悩まれている方が多いと思いますので、今日の話が少しでも参考になると幸いです。また物流業界以外の方で、DXに取り組まれている方もたくさんいらっしゃるので、広く学ぶ姿勢も大切です。確立した答えがありませんので、まずは試行錯誤しながら、自社にあったDXを見つけていくことが重要だと考えています。また成果が出るまでは時間がかかるので、焦らずに短期的な成果を出しながら忍耐強く進めていくことが必要です。
本記事の「DX先駆者から学ぶ、実践的DX組織論」も含む、Logistics DX SUMMIT 2023のアーカイブ動画の配信を行っています。
アーカイブ動画はノーカットになっておりますので、本記事を読んでご興味を持って頂いた方は、以下サイトからご視聴ください。
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