物流業界は、デジタル化やオートメーション化において多くの課題が存在します。その一方で、大きなマーケットを持つ裾野が広い業界なため、これから多くのスタートアップが参入することが見込まれています。こうしたスタートアップの参入が物流業界にどのような影響を与えるのでしょうか。物流業界における「スタートアップ企業の可能性」について、物流系スタートアップへの投資経験が豊富なベンチャーキャピタリスト4名をお招きし、お話を伺いました。
このセッションは、2023年3月2日に開催したLogistics DX SUMMIT 2023で「ベンチャーキャピタルが見据える物流の未来」と題して行いました。
登壇者は、Spiral Innovation Partners 代表パートナーの岡 洋氏、Monoful Venture Partnersの林口 哲也氏、ANOBAKAの長野 泰和氏、DNX Venturesの倉林 陽氏の4名です。モデレーターを務めた倉林氏の問いかけに答える形式で、ベンチャーキャピタリストから見た物流業界の可能性や展望を語りました。
倉林:物流業界の課題と物流系スタートアップに期待する役割を教えてください。
長野:物流業界は、データを使ったデータドリブンな事業展開やビジネス設計に関して、まだまだ多くの伸びしろがあると思っています。
例えば「配送のルーティングを最適化するアルゴリズム」を開発するハードルは非常に高く、中々実現できていないのが現状です。こういったデータや技術を応用することによって、経営を最適化する余地が物流業界には多く残されています。スタートアップが参入できる領域は、まさにここだと思っています。
長野 泰和/株式会社ANOBAKA/代表取締役社長/パートナー
KLab株式会社入社後、BtoBソリューション営業を経て、社長室にて新規事業開発のグループリーダーに就任。その後、2011年12月に設立したKLab Venturesの立ち上げに携わり、取締役に就任。2012年4月に同社の代表取締役社長に就任。17社のベンチャーへの投資を実行する。2015年10月にKVPを設立、同社代表取締役社長に就任。KVPでは5年間で80社以上のスタートアップへ投資。2020年12月ANOBAKAを設立。
岡:物流業界はどの領域も個別最適で一定のシステム化がなされていますが、その先の標準化・共有化はどの領域も行われていないのが現状です。この領域にスタートアップが参入し、ヨコ串を通していくことが重要だと考えます。
林口:物流現場で「テクノロジー」や「ソリューション」が求められる声は次第に大きくなっている実感があります。物流現場は、人材を確保することが非常に難しい課題に直面しています。かつ常に高い生産性を維持し続けなくてはいけません。こうした課題を「テクノロジー」や「ソリューション」で解決することが、スタートアップに求められていると感じます。物流系スタートアップへの投資額は、あらゆるジャンルの中でTOP5に入っており、数字からもニーズと期待感が考察できます。
倉林:物流系スタートアップに期待する役割は大きいということですね。その中でも、具体的に注目している領域やトレンドを教えてください。
岡:特に伸びている領域として、ラストワンマイル領域が挙げられます。UberEats等のフードデリバリーの台頭もあり、ユーザーサイドのニーズは爆発的に増えていますが、このニーズを満たす物流のインフラが整備されていないのが現状です。こうした現状から、ラストワンマイル領域には大きな期待感を持っています。実際に、エニキャリ(※1)やazit(※2)など宅配領域のスタートアップ企業が市場で活躍しています。
長野:BtoBのラストワンマイル領域では、CBCloud(※3)は非常に勢いがあり、成長著しい物流スタートアップの一つです。こちらもラストワンマイルに特化したプラットフォームを扱っており、市場規模が巨大なため、これからも伸びていく可能性が高いと思っています。
林口:特に注目している領域は、ロボティックスです。物流業界は人材確保や生産性向上の点で課題を抱えています。この課題を解決する観点で、物流とロボティックスは非常に相性が良いと思っています。物流現場でロボットをうまく活用し、人とロボットが共存していくことが、今後必要になってくると考えています。
具体的に活躍を期待する企業として、Telexistence(※4)やラピュタロボティクス(※5)などがあります。
林口 哲也/Monoful Venture Partners/投資責任者
Monoful Venture Partnersにて投資責任者として、物流及びインフラとして関連する分野を対象にスタートアップ企業への出資・事業支援を推進。GLPグループ入社以前は、Salesforce Venturesや(株)DGインキュベーション (現 DGベンチャーズ)、(株)サイバーエージェント・ベンチャーズ (現 サイバーエージェント・キャピタル)で、日本と米国でB2C及びB2Bスタートアップ企業へのVC投資業務に従事。
それ以前はボストンコンサルティンググループにて、メディアや食品、製薬・ヘルスケア業界を中心に、経営戦略立案及び実行支援に従事。慶應義塾大学理工学部卒業及び米国コロンビア大学大学院修了。
※1 株式会社エニキャリ。事業者に合ったデリバリー管理システムの提供・配達の代行・注文サイトの提供をしている宅配領域の物流スタートアップ企業
※2 株式会社Azit。ラストワンマイル配送プラットフォーム『CREW Express』を提供するラストワンマイル配送のスタートアップ企業
※3 CBCloud株式会社。配送プラットフォーム「PickGo(ピックゴー)」や、物流の現場を支援する新たなDXシステム「SmaRyu(スマリュー)」などの配送クラウドソーシング事業を展開するスタートアップ企業
※4 テレイグジスタンス株式会社(TELEXISTENCE inc.)。遠隔操作・人工知能ロボットの開発およびそれらを使用した事業を展開するロボティックス領域のスタートアップ企業
※5 ラピュタロボティクス株式会社。オープンなクラウドロボティクス・プラットフォームと、プラットフォームを活用して生まれた協働型ピッキングアシストロボット(AMR)などのソリューションを提供するロボティックス領域のスタートアップ企業
倉林:スタートアップのテクノロジーやプロダクトが物流現場に馴染み、継続的に活用されていくには何が必要でしょうか?
倉林 陽/DNX Ventures/マネージングパートナー兼日本代表
富士通、三井物産にて日米のITテクノロジー分野でのベンチャー投資、事業開発を担当。MBA留学後はGlobespan Capital Partners、Salesforce Venturesで日本代表を歴任。2015年にDNX Venturesに参画し、2020年よりManaging Partner & Head of Japanに就任。これまでの主な投資先はSansan、マネーフォワード、アンドパッド、カケハシ、データX、サイカ、コミューン、FLUX、ゼロボード、Shippio等。同志社大学博士(学術)、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営大学院修了(MBA)、著書「コーポレートベンチャーキャピタルの実務」(中央経済社)
岡:現場の理解度や経験値が重要だと考えます。物流業界は、現場で「人やモノが動くこと」が大前提なので、現場経験やオペレーションへの理解度・経験値をもって導入をすすめないと、現場にプロダクトが馴染まない領域だと思っています。
それゆえ、Shippio(※6)のように物流現場のオペレーションも自社で手掛け、業界に入り込んでいるスタートアップ企業が伸びていると感じています。
長野:物流業界のDXが進みにくい理由として、サプライチェーンの複雑さが影響していると感じています。物流現場は思った以上にステークホルダーが多く、泥臭い世界です。
例えばCBCloudでは、現場の肌感覚や複雑なサプライチェーンへの深い理解がないと良いプロダクト開発はできない、という考えを持っており、現場の理解度や経験値をあげるための施策として全社員が四半期に1度、現場のトラックにドライバーとして同乗するプログラムが存在します。
林口:もう一つ、物流業界の大きな参入障壁として「データフォーマットの主流がアナログである」という点があります。物流業務で発生するほとんどのデータフォーマットは、紙などのアナログな媒体が占めています。それゆえ、他の業界で成功したテクノロジーやプロダクトを導入しようとしても、定量的に評価できるデータが存在しないため、現場で実装が進まないケースが多く存在します。
物流は常に動き続けているため、24時間業務が回り続ける業界です。いかに業務を止めずに、デジタルフォーマットにアウトプットを切り替えていくのかが、スタートアップには求められます。
※6 株式会社Shippio。本船動静の自動更新や貿易業務の一元管理クラウドサービス「Shippio」を提供。国際物流領域のDXを推進する物流スタートアップ企業。
倉林:社会課題を解決すべく、スタートアップに参入する優秀な起業家が年々増えている印象があります。日本のスタートアップは、非常に明るい未来が待っているように感じますが、物流業界において、スタートアップの位置づけはどうなっていくと思いますか?
長野:物流業界の市場規模は巨大です。しかし、物流業界でデータドリブンな事業ができている企業は極一部です。ゆえに業界全体で取り組むべき課題や領域が多く存在しており、スタートアップにとってチャンスと伸びしろが多く残された業界だと思っています。
林口:ここから先、物流系のスタートアップは増えていくと考えます。日本の物流業界は市場規模が20兆円超と言われており、日本でも珍しいブルー・オーシャンの市場です。そのため、多くのチャンスが広がっていると考えています。スタートアップが増えるためには、”成功事例”が一つでも多く出てくることが重要だと思っています。
岡:物流は多くの産業に関連し、さまざまなバリューチェーンが存在します。ホリゾンタルSaaS( ※7) や金融・HRなど、その他周辺領域からの新規参入も多く見受けられ、裾野が広がっている印象があります。
2010年中頃から物流系スタートアップが台頭し出し、2020年代になってようやく業界にスタートアップが受け入れられる土壌が出来てきた印象があります。一般的に物流業界はDXが遅れているイメージがありますが、実はとても順調に進んでおり、ここから加速度的に伸びていく市場だと感じています。
岡 洋/Spiral Innovation Partners/代表パートナー
2012年に株式会社IMJインベストメントパートナーズ(現:Spiral Ventures Pte.Ltd.)の立ち上げに参画。2015年CCCグループ傘下でIMJ Investment Partners Japanの立ち上げを行う。2019年にはSpiral Capital グループの戦略的子会社Spiral Innovation Partners代表パートナーに就任、現在はLogistics Innovation Fund・T&D Innovation Fundを運営している。千葉大学大学院修了。
※7 企業や部門をまたいで業種に関係なく、特定の業務に使われるSaaS
倉林:最後に、物流業界全体へのメッセージをお願いします。
岡:物流業界には大きなフロンティアが広がっています。物流が絡まない産業はほとんど存在せず、TAM(※8)も大きいので、物流のあらゆる領域で大きなチャンスを秘めています。
物流はインフラなので、アセットやフィールドありきのビジネスです。大企業・行政がアセットを独占してしまうことは業界全体の衰退に繋がります。物流業界全体の発展を考えると、大企業や行政は持っているアセットやフィールドを独占せず、スタートアップや業界全体に積極的に解放して欲しいと思っています。
林口:また物流はステークホルダーが非常に多く、物の流れを円滑にするために多岐に渡って人やアセットが関わり合っています。業界全体で、次世代のエコシステムや物流基盤を作っていく、という意識とアクションを取ることが重要だと思っています。「業界全体にとって何が最適か?」という視点を持って行動することで、最終的にそれぞれのステークホルダーが得られるメリットも大きくなっていくと考えています。
長野:減点主義のような、失敗を否定する姿勢をなくしていくことが、今後の業界発展のためには大切だと考えています。新規事業やスタートアップは1,000個のうち3つが成功する「千三つ」の世界です。
失敗した時に特定の誰かを批判したり、許さない姿勢を見せてしまうと、つまづいた時に次の打ち手が打てなくなってしまいます。失敗を許容しチャレンジを奨励する文化の醸成が、今後の物流業界にとって極めて重要であると考えています。
※8 Total Addressable Marketの頭文字を取った略称。「ある事業が獲得できる可能性のある全体の市場規模」という意味で、多くの場合「年間で市場全体で支払われる金額の総額」を指す
本記事の「ベンチャーキャピタルが見据える物流の未来」も含む、Logistics DX SUMMIT 2023のアーカイブ動画の配信を行っています。
アーカイブ動画はノーカットになっておりますので、本記事を読んで、ご興味を持って頂いた方は、以下サイトから、アーカイブ動画もご視聴ください。
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