Logistics DX SUMMIT

協調&競争戦略で実現するLogistics 4.0

作成者: Shippio|2023.08.4

ドイツ政府が2011年に発表した産業政策である「インダストリー4.0」。「第4次産業革命」を意味するこの政策は、製造業においてIT技術を取り入れ、改革することを目指すというものです。日本でも2017年に経済産業省が、IoTやAIなどのデジタル技術を使って、新たな価値を創出する取り組みを支援する戦略「コネクテッド インダストリーズ(Connected Industries)」を打ち出しました。具体的には、人・モノ・技術・組織がつながることで、新たな付加価値の創出や社会的課題を解決する産業を目指すというものです。

このセッションは、2023年3月2日に開催したLogistics DX SUMMIT 2023で、「協調&競争戦略で実現するLogistics 4.0」と題して行いました。登壇者は、鴻池運輸の鴻池忠嗣さま、野村総合研究所の藤野直明さまです。海外で進む物流領域の「インダストリー4.0」の事例を踏まえ、日本のフォワーダーが直面するリスクと機会、そして日本版「ロジスティクス4.0」のあり方について語りました。

海外で進む物流の「インダストリー4.0」

 

鴻池:欧米においてDXやオープンプラットフォームの開発が進む要因は三つあると考えています。

まず一つ目に、企業間の連携が挙げられます。ヨーロッパでは、連携可能なプラットフォームやルール構築への意欲が高いゆえに、連携による効率化と競争領域の仕組みが非常に巧みです。これはシステムに限った話ではありません。例えば、スーパーマーケットの品出しで使用されている、折りたためるプラスチックのコンテナ(折りコン)もその一例です。ヨーロッパではこの折りコンも標準規格化され「GS1スマートボックス」として現場で使われています。つまりヨーロッパでは、デジタルの世界だけではなく、リアルの世界においても標準化が進んでいると言えます。

二つ目に、事業所の規模が挙げられます。アメリカでは100人以上の大規模な事業所の比率が22%を占めていますが、日本は4%しかありません。規模が大きくなると否応なく法律が介入してきます。必要に迫られてDX化をせざるを得なかった背景もあると考えます。

三つ目に、M&Aの効果的な活用があります。そもそもビジネスの土壌として、欧米は投資マインドが高くチャレンジしやすい環境であると言えます。

 

ドイツでDXやオープンプラットフォーム開発が進んだ背景

 

鴻池:欧米全体で「インダストリー4.0」は進んでいますが、ドイツは2011年に最初に提唱されたこともあり、特に進んでいると考えます。

まずシステム全体が細分化され、全体最適が実現できます。次に標準化による生産効率の向上で、顧客の依存性も上がり、収益化が実現できます。最後に、政府主導でデジタル化に取り組んでいる点が大きいです。政府のみならず産官学連携(※1)で標準化を進めている点が特徴だと思います。

※1 大学や研究機関等が持つ研究成果、技術やノウハウを民間企業が活用し、実用化や産業化へと結びつける仕組みのこと

標準化をベースとしたプラットフォームの出現

藤野:国際貿易物流領域における業務は非常に複雑で、1980年代に社会課題として問題視されました。そして、1990年にアメリカでANSIX.12規格(※2)と欧州規格のEDIFACT(※3)の相互連携が保証され、国際貿易物流領域の国際標準が事実上完成しました。

国際貿易物流領域の国際標準を活用することで、荷主や運輸事業者が世界中の関連主体や税関等との間で、比較的容易にEDI連携を可能とする、国際VANサービスやゲートウェイサーバー等のソリューション提供が進みました。これらのソリューションは、現代ではクラウドベースでのサービス提供がされ始めています。

※2 米国の標準化団体であるANSIが策定するEDI標準規格
※3 主に国際欧州経済委員会・貿易手続簡易化部会で開発された国連のEDI標準規格

横展開できるスケーラブルなシステム構築

 

藤野:シンガポール港湾局(旧PSA)が民営化し、PSAシンガポールとPSAインターナショナルに分かれました。シンガポール外の国際コンテナターミナルの運営受託事業を行っているのが、PSAインターナショナルです。

旧PSAの時代からコンテナターミナル運用に使用されていたソフトウェアは、面積効率が極めて高く、優れたコンテナターミナルの運用ができると定評がありました。この事業の背景には、国際貿易物流産業における国際標準EDIメッセージの存在があります。EDIメッセージが世界的に標準化されたので、同じソフトウェアを活用し、世界中どこの港湾でもコンテナターミナルの受託事業が可能となったわけです。実際、既に先進国を含む16ヶ国40の港湾で、コンテナターミナルのオペレーションを受託しサービス提供を行っています。

こうした企業間の国際標準インターフェイスを活用し、スケールアウトできるサービス事業を展開する事業機会について、日本の企業も本格的に検討をすべきと考えています。

鴻池:シンガポールのみならず、欧米企業も非常に横展開がうまいと感じます。スケーラビリティなシステムを構築し、アジアだけではなく全ての港に横展開していくことを前提に作っているのは素晴らしい。一方、日本はどうしても個別視点で日本のみに最適化したガラパコスなシステムを作ってしまい、なかなか海外に横展開できません。

藤野:シンガポールだけでなく、香港のハチソン・ホールディングスが運営しているHIT(インターナショナル ターミナルズ リミテッド) も同様の事業を展開しています。現在は、この2社が世界のコンテナターミナル運営サービスを牽引しているといっても過言ではないでしょう。

更に進化する欧米の「Logistics4.0」

 

鴻池:フラウンホーファー研究所は、ドイツ全土に75の研究所・研究ユニットを持つ欧州最大の応用研究機関です。ここは、産官学連携の象徴というべき機関です。

藤野:フラウンホーファー研究所の中には、マテリアルハンドリング(※4)とロジスティクスの研究所があります。この研究所の特徴として、中小企業を含む外部の企業に有償でコンサルティングサービスを行っている点が挙げられます。フラウンホーファー研究所における年間研究費総額の約40%弱は、ドイツ連邦政府および各連邦州などの公的資金から拠出されていますが、残りの約60%以上は民間企業からの委託契約となっています。研究開発の受託を行うわけですが、フラウンホーファー研究所だけで、解決策の研究開発するわけではありません。解決には世界の学術界(COE)を横断し、活用可能な技術を調査し、それを組み合わせていくことになります。

学術界と産業界を連携させイノベーションを実現することが基本であり、産官学のネットワーキングを効果的に組織していると言えるでしょう。

各フラウンホーファー研究所の所長は、基本的に大学教授が務められています。またフラウンホーファー研究所のアイデアでスタートアップ企業が組成されることも、特に最近では多いようです。外部の企業に対してコンサルティングを行う際、「今、どのような技術が必要とされているのか」と「世界の研究機関の研究内容」を同時に探索することになります。基礎研究として大学教授の立場で研究をし、同時に世界中の企業から研究開発を受託する。さらに「世界でまだ誰も研究していない技術が存在し、将来有望」と分かったら、その教授自らがスタートアップの社長となり、そこに対してベンチャーキャピタルも投資を行う。

 

このような仕組みになっており、決して基礎研究のみを行う象牙の塔の研究所ではないのです。外部の民間企業のニーズに応え、世界中の研究機関(COE)とのネットワークを形成することにより、極めて効果的に研究開発のスピードを加速することに成功しています。基礎・応用・開発・事業化の全てをカバーする、フラウンホーファー研究所のような応用技術研究所を日本でも整備すべきだと強く感じます。

※4 原材料・仕掛品・製品などの運搬・管理を効果的に行うための技術や方法など、モノの移動に関わる取り扱い全般を指す言葉

 

藤野 直明/株式会社野村総合研究所 シニアチーフストラテジスト
1986年野村総合研究所入社。政策研究、企業の業務改革、特にサプライチェーンマネジメント革新プロジェクト、オペレーションマネジメント改革、物流、流通領域でのコンサルティングに従事。日本経営工学会副会長、日本オペレーションズリサーチ学会フェロー、オペレーションズ・マネジメント&戦略学会理事システムイノベーションセンター実行委員会委員、早稲田大学理工学術院大学院客員教授他、社会人向け講義も行っている。政府の「2020年代の総合物流施策大綱会議有識者検討会議メンバー」、「フィジカルインターネット実現会議メンバー」。「ロボット革命協議会WG1インテリジェンスチーム・リーダー」。

日本におけるDXの取り組みと課題

 

鴻池:DXを進める上で、競争領域と協調領域をきちんと定めることが重要です。日本における物流業界のDXへの取り組みをまとめた図です。青い箇所がトレードワルツさんの開発領域、赤い箇所がサイバーポートさんの開発領域、オレンジの箇所が物流業者や関連省庁の開発領域です。

協調する領域と競争する領域に区分すると、荷主に対するきめ細かな対応は、まさに競争領域だと考えます。一方で確定された情報を活用し、さまざまな情報を共有する領域は協調領域の領域だと考えています。

協調領域において、荷主や協力会社とデータ連携を図る標準APIは、日本国内で他のフォワーダーや関係省庁と構築するだけでなく、世界の潮流を見ながら標準化を進める動きを考えたいと思っています。この協調領域が実現すれば、荷主はもとより業界全体で事務負担が下がり、各社の経営資源をより効率的に事業の発展に投入することもできると考えています。

物流業界及び関係省庁が国際物流のDX化を実現するために、どの領域に重きを置くのか。やはり、それぞれの領域と申告システムであるNACCSを連結するシステム構築に、業界一丸となって取り組むべきだと考えています。そうすれば、同じシステムの土俵上で、フォワーダー各社が手配を進めることができ、フォワーダーのコア機能は荷主へのサービスに集中できると思っています。

日本企業で貿易業務のプラットフォーム化が進まない理由

 

鴻池:日本企業で貿易業務のプラットフォーム化が進まない理由は三つあると考えています。

一つ目は、サービスのカスタム化です。荷主企業に合わせてオーダーメイドでシステムを組んでいくため、標準化が進みません。二つ目は、現場力や現場の改善力に依存している点です。これは日本の強みでもありますが、同時にトップダウンで方針がないと個別最適化しすぎてしまう懸念も孕んでいます。三つ目は、曖昧な契約範囲です。どうしても下請けは立場が弱く、過剰なサービスを強いられて収益性が保てない現状が見受けられます。

 

 

鴻池:プラットフォーム化を進めるためには、貿易業務全体のグランドデザインを作ることが肝心だと思っています。すべて自前主義ではなく、情報を閉じずに協調・競争領域を定める。閉じておくべき情報を定義し、それ以外の協調すべき領域については積極的に開示していく姿勢が必要です。また今後はWeb3.0(※5)の時代になり、特定の企業がプラットフォームで占拠する世界ではなく、オープンにつながっていくこと自体が競争力の源泉になっていく時代になると思っています。

※5 特定の管理者がいない、ブロックチェーン技術によって実現した分散型インターネットのこと

日本のフォワーダーが直面するリスクと機会

鴻池:フォワーダー各社は、手配業務のスピードや正確性、料金で競争をしていますが、大きな差別化は容易ではありません。ではどこで差別化を図っているかというと、海外における業務知識や、荷主企業以上の情報収集能力であったり、海外のインフラ整備における調整業務などです。

 

 

鴻池:今後の機能開発競争として、需要と供給の変化に応じて料金の相場を自動的に算出し、見積もりを策定する「ダイナミックプライシング」や、輸送ルートからCO2排出量を自動的に計算することなどが考えられ、さらにDXによってグローバル化が加速すると考えられます。

ただ一方で、簡単に変えられない事象もあります。例えばデータ化されていない抽象的な情報や、乱高下する運賃、スペース不足への対応などです。これらに対しては、各社とも苦労しており、まだまだ人の手で行わないとなりません。また、人と人とのつながりの部分であったり、信頼関係あるいは免許制度などのアナログ部分は引き続き残ると考えています。

 

 

鴻池:フォワーディング業界は、各社が提供しているデジタルサービス自体を差別化していく流れになると考えています。短中期で今後5年では、シームレスに連携し、全体最適化をする動きが起きてくると思っています。

標準化やデータ蓄積AI分析による最適化、さらに10年後にはブロックチェーンが普及し、さまざまなことが自動化されていくと考えています。

 

 

鴻池:ブロックチェーンのスマートコントラクトを懸念しています。フォワーディング業務は、数年後には機械に置き換わる業務になってしまうかもしれません。例えば、荷主や税関が分散型ネットワークでつながり、その中で国際物流に必要な情報が全てオープン化されたとします。さらに契約や決済などの作業も自動化され、全部システムAIに代行される時代になったら、フォワーダーの業態は大きく変わるでしょう。

日本企業は重要視する顧客ニーズに合わせ、サービスのカスタマイズやそれに応じた業務・システム設計を顧客満足度向上のために行ってきました。現在、グローバル市場で急速に進むAI、ブロックチェーンの発展と国際物流への導入により、このような属人的なノウハウが取り変わるのではないかと非常に危惧しています。

 

鴻池 忠嗣/鴻池運輸株式会社 取締役専務執行役員
2006年に株式会社三井住友銀行入行、上海駐在を経て、2013年に鴻池運輸に入社。2016年 INSEAD 修士号取得。経営企画本部 部長、執行役員、常務執行役員、取締役兼常務執行役員を歴任し、2018年4月から取締役兼専務執行役員を務める。近年は新規事業、技術革新、国際統括に従事し、鴻池運輸のDXをリードする。

日本版「ロジスティックス4.0」のあり方とは

 

鴻池:日本版「インダストリー4.0」の動きもさまざまあります。例えばアパレル業界ではシタテル株式会社(※6)が、衣服を中心とした生産性向上に対応したプラットフォームを形成し、関連する商社・メーカー、物流業者が連携できる環境を整えています。

従来は、委託工場など業界各社間の情報のやりとりは一元化されていないケースが多かったのですが、今後あらゆる業界でこのようなバリューチェーン全体を通した情報連携が行われていくと思います。我々フォワーダーも、こういった変化にシステムで対応できるようになっていく必要があると考えています。

※6 誰もが自由にスマートに、衣服を生産できるプラットフォーム『シタテル』を提供するスタートアップ企業。 『シタテル』は、プロ・アマ問わず、衣服生産の要望に応えるオンラインサービスで、衣服生産に必要なすべての工程に対応している。

 

 

鴻池:日本版「ロジスティクス4.0」のあり方としては、協調によりつながりを増やしたり、その中でフォワーディング領域から派生する新たなビジネスを作ったりなど、システムやAIにとって代わられる業務以外を伸ばしていくことが重要だと考えています。

藤野:今から日本の標準を作っていくのが妥当な分野もあると思います。しかし日本企業のきめ細かさやしなやかな強さは、日本の標準をゼロから立ち上げるより、むしろグローバルな標準を勉強しそれを使い倒し、国際標準の先端よりさらにその先をリードしていく形が合っていると考えています。

ゼロから標準を作るのは大変ですし、日本企業のあまり得意としないところです。逆に、出来上がったソリューションを使い倒し、改善・展開をしていく能力こそ、日本の強みが生きると思っています。

アーカイブ動画配信中!

本記事の「協調&競争戦略で実現するLogistics 4.0」も含む、Logistics DX SUMMIT 2023のアーカイブ動画の配信を行っています。

アーカイブ動画はノーカットになっておりますので、本記事を読んでご興味を持って頂いた方は、以下サイトからアーカイブ動画もご視聴ください。

 

 

 

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