この記事は、2024年5月24日に開催した「Logistics DX SUMMIT 2024 〜インダストリアル・トランスフォーメーションの道筋~」の「サプライチェーンの革新を担う、CSCO/CLOのあり方」のセッションレポートです。セッションには、株式会社丸井グループの佐藤氏、日清食品株式会社の深井氏、YKK AP株式会社の岩崎氏、株式会社野村総合研究所の藤野氏の4名が登壇しました。
佐藤 元彦/株式会社丸井グループ 元副社長執行役員
1977年丸井グループ入社。2000年同社営業本部仕入・物流管理部長、2005年同社取締役グループ経営企画部長後、CIO、CFOを歴任。また、2009年エムアンドシーシステム社長を兼務。
2013年日本小売業協会CIO研究会座長に就任し、2020年「日本の小売業 CEO、CIO への提言書」を作成、2022年「流通・小売業 CIO アカデミー」開講に携わる。
深井 雅裕/日清食品株式会社 常務取締役 サプライチェーン本部長 兼 Well-being推進部長
1989年に日清食品に入社。低温事業部営業課でキャリアをスタートし、その後、チルド食品事業部のマーケティング部門、日清食品の営業本部、タイ現地法人、日清食品営業戦略部を経て2019年から現職。生産戦略や物流戦略、資材調達戦略等のサプライチェーン全体の戦略立案に加え、事業構造改革やDX推進によるWell-beingの実現を目指す社内の研修プログラムである「NISSIN ACADEMY」の学長も務める。2022年より一般社団法人フィジカルインターネットセンター理事。
岩﨑 稔/YKK AP株式会社 執行役員CLO 兼 ロジスティクス部長 岩﨑 稔
1984年YKK北海道工業㈱入社(現:YKKAP㈱北海道工場)、YKKAP㈱黒部製造所、本社勤務を経て、2008年よりロジスティクス統括部企画部長、ロジスティクス推進部長を歴任。2020年より執行役員ロジスティクス部長、この2024年4月よりCLOに着任。
政府の「2020年代の総合物流施策大綱」検討会議構成員/経済産業省「フィジカルインターネット実現会議」メンバー/早稲田大学理工学術院大学院客員教授/青山学院大学ビジネススクール客員講師/JILS-SCM戦略スクールシニアフェロー/公益社団法人日本経営工学会前副会長/一般社団法人日本オペレーションズリサーチ学会フェロー/日本OM&戦略学会理事/日本小売業協会流通SCM政策研究会座長/一般社団法人システムイノベーションセンター実行委員会委員
藤野:昨今の2024年問題で、荷主の物流担当役員(CSCO、CLO)を少なくとも上位数1000社には義務付けていこうと発表されています。この物流担当役員とはどのような役割を果たすべきなのか、今日は議論を進めていたければと思います。
実はイメージが湧かないというお問い合わせを多くいただくのも事実でして、売上高物流費の比率が上がったら比率を下げるよう管理することなのかと。果たしてこれは役員がやるべき仕事なのか。そしてもう1点、社内で相談した結果、誰もなり手がいないという壁にぶち当たる。これはかなり多くの企業様の率直なご意見なのかなと思います。ところがこの20数年で海外のオペレーションマネジメント、特にサプライチェーンマネジメント領域での世界は変化を遂げ、企業の業務プロセスからサプライチェーンを担当されるCSCO、CLOと言われる役員相当のポジションランクは上がっており、重要性が高まっています。残念ながら日本においては、この20年間ほぼ変わっておらず、かなり大きな認識のギャップがあろうかと思います。そのあたりをパネリストの皆様と議論していければと考えております。
まずは佐藤さん。2年前、初めてお会いした時には仕入れ物流管理部長で、その後副社長に。グローバルスタンダードのキャリアパスを歩まれた方でございます。佐藤さんから見て今の議論をどのように受け止められているか、ご披露いただけますでしょうか。
藤野 直明氏/株式会社野村総合研究所 未来創発センター シニアチーフストラテジスト
佐藤:私自身が携わってきた氷の物流視点でお話しさせていただければと思います。取引先や卸業者を介してのB to BとB to C、両面携わってきた訳ですが、物流費をコストとして捉えていること自体が一番の課題ではないかと思っております。物流を戦略レベルへ引き上げること――これがCLOの役割なのではと。具体例でお話しさせていただくと、現在「IT」という存在はITなくして戦略はなりたたないというほど影響力を持っておりますが、1970年~80年代は総務部の中にシステム担当が存在しているような時代もあり、担当したくない筆頭の職種でもありました。縁の下の力持ち的だった存在が今や脚光を浴びている。物流も今こそ、ステージを上げるチャンスなのではと思っております。
対内的にはCLOとしてビジネスモデルをいかに変えるか、意識を持つことが重要だと思います。アパレルを例にみていきますと、一般的に通常の百貨店は消化仕入れという形態であり、自社で在庫管理をする必要がないわけです。その商品がどこに何点入っているかも知る必要がない。これがいつどこで何が何点売れているのか、仮にリアルに捉えられたとしたら、ビジネスモデルはがらっと変わります。取り寄せや在庫補充も即時に対応可能となりアパレルの廃棄ロスも減少する。もう一点、物流に対する社員一人一人の意識を変えるべきだと思います。私自身も物流部長をしておりましたが、些細なことではありますが「物流」という言葉を一切やめて横文字で「ロジスティックス」という名称を用いることを徹底しました。名称に留まらず制度や報酬も、戦略スタッフと同一にすることで社内的にまず変化を起こした――文化やビジネスモデルを意図的に変えること、これもCLOの大切な役割かと思います。
対外的な側面から考えると、サプライチェーン全体を俯瞰できる視点に立つこと。日本の小売業の生産性はアメリカの半分にも満たないと言われますが、これが現実だと思っております。社内の効率化だけでは限界があり、先ほどのアパレルの事例を見ても川上から川下までサプライチェーン全体で情報が共有化されたなら、相当な効果を得ることができます。廃棄ロス削減だけにとどまらず、CO2削減など波及して社会的な課題に対する効果も出てくる。実現するためには標準化やコストに対する定量化(可視化)が叶う業界共通のプラットフォーム作りが必要で、非常に難易度は高いですが現代のITを駆使すれば十分に可能かなと。
佐藤 元彦氏/株式会社丸井グループ 元副社長執行役員
深井:CLOについて対外的な役割と内なる役割、2つお話ししたいと思います。まず対外的な役割で一番重要となるのは、競合関係や取引関係を越えて業種業界をいかに横断して協業を進めていけるかどうかかなと。24年問題しかり物流クライシスというのは物流の供給量が少なくなり運べないリスクが顕在化することです。ただ一方で積載率は40%という状況で非常に低いように思えますが、個社の立場段階では最適化された結果だと思います。ところがサプライチェーン全体でみると60%が空気を運んでいる非効率な状況になっており、個社の最適からサプライチェーン全体の最適に持っていけるか――これがCLOの対外的な最大の役割と考えています。
言葉で言うのは簡単ですが、各社優先順位も異なり取引条件も絡んでなかなか実現が難しい。物流面だけでなく、サプライチェーン全体の仕組みを変えていくことが必要となり直接的に取引に関係ない部門がCLOを中心として変革を進めていくことが重要なポイントになってくる。今回の法制化によって劇的に変革が加速するのではないでしょうか。CLOの設置義務化もそうですが、荷待ち時間に具体的なKPIが入ったこと、その報告義務化など取引関係を乗り越えざるを得ない状況に私たちもいよいよ追い込まれている、そんな気がしています。
社内の業務プロセスの変革やデータの標準化を行うためには当然ながら物流部門だけでは実現不可能です。社内の関係する様々な部門を横串で繋いで、かつ社外との関係性も勘案しながら全社最適を進めていく、それがCLOの内なる役割だと考えています。サプライチェ―ンを理解した上で社内の各部門の協力を得ながら推進力を持って束ねていくためにはやはり経営層がCLOを担っていくのが合理的なのではと思います。私自身が実際に携わる中で経営層が適任と考える理由が2つあります。当然ながら変革には一定の反発が伴いますが、関係者にその意図を的確に伝え進める、全社を俯瞰して見る経営者としての視点が求められます。
2つ目は、改革を行うあたっては短期的にコストが上がる要因も多い。現場が主導で決めていくにはハードルが高くなかなか難しいのではないかと。当社も色々と仕組みを変えてきましたがシステムを変えるだけで莫大なコストと時間、人手がかかります。現在も飲料やビールメーカー様との水平連携や資材メーカー様との垂直連携を進めていますが、その部分だけに着目するとトラック20%以上削減、それに伴うコストやCO2排出の削減が実現している訳です。ただ全体の物流の中でどれだけのインパクトがあるかと問われれば、まだまだ小さい。POC的に進めてノウハウとして蓄積、たとえ時間がかかっても横串にしていく――長期的な視点が必ず必要であり、お金と人材を最適に投入できる、それはやはり経営者の目線だと思います。
深井 雅裕氏/日清食品株式会社 常務取締役 サプライチェーン本部長 兼 Well-being推進部長
岩崎:これまでのお二方と同様、対外的・対内的という面からお話ししたいと思います。冒頭で藤野様より物流の役員とはどのような仕事をするのかといった問い合わせが多いとのお話がありました。私がロジスティック部長という立場になったのが12年前、執行役員になったのが5年前です。部長時代は経営陣出席の報告会への参加が難しかったのですが、執行役員になってからは役員会議や経営の意思決定に繋がる場での報告が可能になりました。12年の歴史を振り返って大きく異なるのはこの役割の違いかなと思います。
会議での報告の内容について当初は出荷高比率をKPIに置きながらどう変化したのか、その影響はどうだったのかといった内容が多かったですが、最近では競合や他業界の方とどのようにして共同的な輸送が組み立てられるのかといった議論に移行しています。これは日々能動的に活動を行えるようになったがゆえで、役員という責務を担っているからこそ、できていることだと実感しています。
今年の春より、CLOという立場を拝命しております。欧米では当たり前にある役割ですが、やはり皆様方に名刺交換をさせていただくと珍しいねと言われるのが正直なところです。今年の時点でこのようなポジションを設けたということは弊社が物流部門の取り組みに対して真剣度が非常に高いという表れだと思いますので責任も感じております。4月に法制化が決まり、2025年4月からは新物流2法が施行されます。我々のようなメーカー側については報告義務も発生しますし、取り組みについての内容説明も経済産業省へ定期的に行う必要があります。契約書や契約書の在り方の問題も出てくるでしょうし変化が求められる、変革を推進していく立場であると思いながら日々仕事に取り組んでいるところです。
社内においては、メーカーとして調達、生産販売に付随するような物流がございます。調達は購買部門がサプライヤーと交渉しどこから購入するのが適切かプロの目線で取り決めを行っていますが、到着するまでの間に値段を決める商慣行があります。本来はもう一段見方を変えて、引き取り方式にしていくことでもっと自由度の効く輸送形態を作れないのだろうか、といった視点を入れていかなければなりません。組織の垣根を超えて物事を推進していく場合、執行役員でありCLOという立場でないと難しいのではと最近、特に強く感じています。役員になってから積極的に取り組んだことの一つに物流現場への自動化設備導入がありますが、投資に対する等価効果の経済性を見ていくことも経営の一部としての立場としては非常に重要な視点だろうと思っております。
CLOの立場として、今後どうあるべきか、思うところが大きく5つあります。先ほどの商慣行を変えていくモデルの変革が第一にあるということ。さらにデジタル技術についての理解を深め、専門家にならずともリードする役割を担う必要があるのだろうと感じています。そして長期ビジョンから変革の戦略を作ること、業界によって異なる部分も多々ありますが、自社以外の巻き込みも思い切って行う、大きな視点で捉えて考えていくことが求められます。
また、物流パートナーの方とWin-Winの関係を作っていくことも大切です。我々が今後求められる2時間の時間管理がありますが、現地現場で困難に感じていることをしっかりと吸い上げて解決していく。互いに楽になった部分をコストに置き換えた上でどう改善していくかを考えるモノの目線が必要となるでしょう。ここに信頼を得ない限り、実現は不可能ですので大切にしながら取り組んでいけたらと考えています。
岩﨑 稔氏/YKK AP株式会社 執行役員CLO 兼 ロジスティクス部長
藤野:ありがとうございます。商慣行と言われる議論が2024年問題で上がりました。日本の物流を考えるといわゆる商慣行なるものが様々なイノベーションを阻害しているのではと。まさに岩崎さんからお話があったように商慣行を契約に変えた時にその自由度が上がってくる。組織の業務プロセスを全て把握していればコストが安くなるし、そのための業務プロセス改革もできるでしょう。さらには投資ですね、設備投資は短期的に見ればコストはかかるが長期のリスクをきちんと説明できるCLOならば、こうした改革も積極的に行えるのではないか。CLOになるとだいぶできることが変わってくる。商慣行改革の一丁目一番地はまさに物流担当役員の設置なのかもしれません。これから業務プロセスがどんどん改革してくのではと期待しています。
DXどのように改革をしていくのかということで、具体的なイメージをそれぞれの方からコメントいただければと思います。佐藤さん、リアルタイムで全て見えるとするならということで色々お話しいただきましたがいかがでしょうか。
佐藤:例をお話ししますと、中国では11月11日「独身の日」でアリババさんが1日で10兆円以上の売り上げがあるわけです。トランザクションが発生してリアルで更新されている。一方で日本の全ての百貨店の1年間の売上がいくらかご存じでしょうか。1年間ですよ、実は合計5兆円にも満たないんです。ところがアリババさんは1日で10兆円以上のトランザクションがリアルに更新され配送情報まで全部流されている。こういったことが実現可能な時代なので、駆使しない手はないだろうと。AIも含めて使えるものは全て使う。
深井:藤野さんが毎回言われている、取引商習慣なんて言葉は英語にないと。それがすごく印象に残っていて時々拝借して使っているのですが、私は元々製品物流で工場から製品を運ぶところばかりみていたのですが、よくよく調達を見てみると実は分からないことだらけで。どのようなリードタイム、ロット、荷姿でどのような頻度で運ばれているのか全く分からず、改めて調べてみるともう伸びしろしかないなと。今私達は資材物流と調達物流、製品物流をグループ内で統合できないかチャレンジしていますが、これもデジタル技術で瞬時にどうモノが動いているか把握できないと難しい。商習慣やアナログの中で見えなかったことが、デジタルで瞬時に見える化することによってとてつもない可能性が広がっているのだなと感じています。
岩崎:DXというと非常に難しく捉えられがちですが、弊社の事例でお伝えすると毎日動いているトラックの動いた距離とトンキロからCO2を見える化しました。可視化することによってある地点から地点までのCO2と距離、量まで分かることでルート設定の見直しなど新たな気づきがあって。もう少し良い方向に変えられるのではないかとアイディア出しをまさに行っているところです。やはり「見える」ということは大切です。
藤野:商慣行が悪いというのは分かっていたものの、物流担当役員でなければ、ここに手を付けられなかったというのが恐らく実態ではないかと。商慣行に手を入れるとなると取引先との間でオペレーション契約自体の見直しが発生し、ここにおいてデジタル技術は極めて重要です。リアルなプラットフォームの基盤はITとしてはすでに整っています。これを使って日本の物流を変えていけたら。政策パッケージで義務付けられる物流担当役員の登場によって、今後はだいぶ大きく変革を遂げてイノベーションがどんどん進んでいくのではと思います。