この記事は、2024年5月24日に開催した「Logistics DX SUMMIT 2024 〜インダストリアル・トランスフォーメーションの道筋~」の「大企業とスタートアップの協業・M&Aが起こす業界再編」のセッションレポートです。セッションには、ハコベル株式会社の狭間氏、株式会社ストライクの荒井氏、株式会社Shippioの佐藤の3名が登壇しました。
2009年東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。同年ベイン・アンド・カンパニー・東京オフィスに入社、多岐にわたる業界の顧客を担当し経営課題解決に貢献。2017年ラクスル㈱に入社。ハコベル事業本部長として運送手配マッチングプラットフォーム事業を拡大・収益化、荷主向け配送計画・管理業務を行うSaaS事業を推進。2022年8月よりハコベル事業の分社化・セイノーホールディングスとのJV化により現職。
一橋大学商学部卒業後、太田昭和監査法人(現EY新日本有限責任監査法人)に入社。 1997年に株式会社ストライクを設立し代表取締役社長に就任。 2016年6月に東証マザーズに株式上場、翌年6月に東証一部(現東証プライム市場)へ市場変更。 近年はスタートアップ企業のM&Aにも取り組んでおり、出口戦略としてのM&Aが増えることにより、 スタートアップ企業のすそ野が広がることで日本経済に活力が出ると期待している。 2022年3月、一般社団法人M&A仲介協会の代表理事に就任。
佐藤 孝徳/株式会社Shippio 代表取締役CEO
新卒で三井物産株式会社に入社。原油マーケティング・トレーディング業務、企業投資部でスタートアップ投資業務などを経て、中国総代表室(北京)で中国戦略全般の企画・推進に携わる。2016年6月、国際物流のスタートアップ「株式会社Shippio」を創業。国際物流領域のデジタル化を推進、業界のアップデートに取り組んでいる。
佐藤:昨今、物流業界におけるM&Aが活発になりつつあります。このセッションではM&Aに知見のある、かつ現場で実際に経験をされている皆様にお話をお聞きしていきます。
荒井:株式会社ストライクは創業して26年、主に事業承継や事業拡大などM&Aを支援する企業です。後継者のいない中小企業や事業所を中心に事業承継型のM&Aのお手伝いを行っています。皆様方のお役に立てるような情報を本日は持って帰っていただけたらと思います。
狭間:ハコベルは運送会社の非稼働時間や個人ドライバーを有効活用し、ドライバーをネットワークすることで高品質の配送サービスを提供する運送プラットフォームです。トラックのマッチング事業とそこから派生して車の発注管理、最適な配送の提案からオペレーション構築までシステムを活用して提供しています。私自身は8年間コンサルティング会社勤務後、ラクスルに入社。新規事業としてスタートしたハコベル事業部で運送手配マッチングプラットフォーム事業、荷主向け配送計画・管理業務を行うSaaS事業に従事、2022年8月よりハコベル事業の分社化・セイノーホールディングスとのJV化という形でスタートした会社でCEOをしております。
荒井:弊社が行っているM&A専門メディアにて2008年以降、上場企業の全M&Aのデータを集計しています。そのうち直近5年間の物流業界におけるM&Aの動きをまとめてみましたが、昨年の件数が急激に増えておりまして、近年は業界問わず増加傾向にあり、その中でも物流業界は特に伸び率が高いのが特徴です。今年に入ってからさらに活発化しており、上場企業でも同意なき買収やファンドが入り乱れての買収劇が行われています。
今、多くの業界で「人手不足」がM&Aのひとつのキーワードになっています。人を採用できる会社、人を育てられる会社は買い手に回り、逆にできていない会社は離脱して売り手に回るという構図です。2024年問題の影響もあってか物流業界は特に顕著です。同意なき買収は評判やイメージを悪くする可能性もあり、企業としては軋轢を生むので敬遠されるものですが、もはやなりふり構っていられなくなってきているようにみられます。
佐藤:事業継承型のM&Aは、私が見てきた中でも物流企業が物流企業をM&Aする形が多いと思います。ハコベル社は元々上場企業・ラクスルの一事業からスピンアウトし、JV化し事業成長を目指してます。大手企業が一事業をJVという形で切り出してやっていく、そこに至るまでの当時の議論や背景を教えていただければと思います。
狭間:ゼロベースで考えた時に事業を一番成長させるためにはどうすべきか、企業価値を最大化させるためにはどうしていくのがよいのか、当時はずっと議論を重ねていました。2019年頃からハコベルだけではなく並列にあった複数事業を分社化して、それぞれの事業に資本政策をどう行っていくのがよいのか、VCやプライベートエクイティ等の選択肢も視野に入れて検討していました。プロダクトやシステムは自社で作って運用ができている一方で、それを大きく広げていくための営業力や信頼ブランドが圧倒的に足りない。この課題感が大手企業と協業して進めていくのが一番よいのではという結論に至った背景です。
佐藤:JV化に向けて、セイノーホールディングスからの要望や、ハコベル事業においてここだけ守りたい残したい、といった議論など、当時を振り返って具体的にはどのような議論があったのでしょうか。
狭間:これは弊社側からのアピール訴求ではなく、当社の強みが出資いただくセイノーホールディングスさんが描くストーリーにどうはまっていくかという点を非常に意識していました。実は複数社にお声がけした上でJV化を進めていたのですが、各会社において当社をどう位置付けてもらうか、が一番重要視していたポイントです。
佐藤:Shippioのお話をさせていただくと2022年7月に業歴60年を超える老舗通関事業者の協和海運という会社にShippioグループへ入っていただき一緒に成長を目指しているところです。セイノーホールディングスさんがハコベルとJVをやっていく動きや我々のようにスタートアップが事業継承という形でノウハウやビジネス人脈を持っている会社と一緒になっていく動きは比較的新しいのでは、と思います。荒井さんはこうした新しい動きを率直にどう感じられているのか、どのような方向性を目指すべきなのかお聞かせください。
荒井:ハコベルさんのようにスタートアップと大企業が組む時、企業側の方が資本上の上に立っている、そのように想定しているケースが多分99%以上だと思います。きっと相当苦労なさって生みの苦しみもあったのではと推察します。私の顧客であるスタートアップさんで銀行へ会社を売却した方がいるのですが、銀行の傘下に入れば人・モノ・カネ、証券まで経営リソースすべてが揃っているので、この力を借りた方が自分たちの成長も早い。ただし動くスピードは急激に遅くなる。こうしたご苦労はよく伺います。
Shippioさんの場合は、今まで想定していなかった新たなケースと言えますね。スタートアップ側が社歴の古い後継者不在の会社をグループ化して、経営の改善や新しいプロダクトの開発に繋げていく、こうした動きはもっと世の中に知ってもらえたらいいなと。これもオープンイノベーションだと私は思います。大企業の皆さんにもスタートアップが何やらどんどん改革を進めているという危機感を持ってもらえれば、ますます業界全体が活気づいていくのではないでしょうか。
佐藤:我々が持っているプロダクトやテクノロジーと協和海運の老舗企業ならではのビジネスノウハウや人脈を一緒にやっていくことで、何か新しいことができるのではいかとご提案しました。実はこのM&Aには別の物流会社様も手を挙げている状況でした。通常の経営陣であれば、物流会社の傘下に入るのがベストだと意思決定される方が多いのではと思います。ところが今回仲間になっていただいた経営陣は、新しい会社と新しいビジネスをもう1回作っていくのも面白いのではないだろうかと、現在に至り非常にうまく回っております。新しい協業スタイルで新たな未来を作っていく事例が今後も増えてくるといいと思っています。
佐藤:M&Aは必ずしもアセットや資産をうまく効率化するためだけではなく、最近はアクイハイヤーという言葉があります。事業を買収すると同時にそこに存在する人材もセットで資産にしていく。ある種アクイハイヤー的なJVの組み方をされているハコベルで実際にやってみて想定と異なった点、面白かったあるいは難しかったことお話いただけたらと思います。
狭間:改めての発見になりますが、自分達で考えている強みと他社から評価される強みは結構ズレが生じるのだなと。例えばラクスルの中でハコベル事業を行っていると他事業部との横比較が多くなり視野が狭くなりがちです。セイノーホールディングスさんからこういったアセットがハコベルとして魅力的なんだと言ってもらえて、ポジティブなサプライズでした。逆にセイノーさんの経営会議に参加してベンチャーやスタートアップの視点に立った発言ができる。互いに全く異なる立場から見ることで、意識していなかった強みが再発掘されていく――改めてベンチャーと大企業の組み合わせは、双方の強みが合わさると相乗効果でよい意味で強みの補完性が発揮されるのではと感じました。
佐藤:大企業とスタートアップのお話が続きましたが、一方でトラディショナルなM&Aのほうが数的にはまだまだ多い。買い手側はどのような相手を探していて、M&Aを受ける側はどのような買い手を探しているのか。マッチングで成功するケースはどのような場合が多いのでしょうか。
荒井:一般的なM&Aの場合、ベーシックなところだと同業対同業です。難しいのは受け手側が同業に売りたがらない。M&Aは内情や手の内をすべてさらすことになりますが、そこまでやって買ってもらえなかったら非常に困る訳です。ただやはり一番進めやすいのは同業と組むことです。その中にスタートアップと組むという選択肢が入ってくるとより効率が高くなってくる。特に物流業界は事業者の数が非常に多いので、まだまだ再編の余地があると見えています。
佐藤:そもそも物流業界とは一定の装置産業的な性格を持っています。一方でハコベル社の狭間さんから先ほどお話ありましたが、結局アセットや装置があっても人がいなければ回せない。アセットの効率化を目指せばよいという単純な話ではなさそうです。2024年問題の影響で労働人口の減少や人手不足については皆さんがぶち当たっている課題ではと思いますが、そのあたりいかがでしょうか。
狭間:M&Aは足し算と掛け算2タイプあります。足し算は基本的に製造業の考え方で規模を増やすと生産原価が下がるから利益率が上がる。よって規模の追求をすれば利益率の増加に比例するという考え方です。掛け算はファンクションを買っていき自社にないものを補完的に取っていくやり方です。運送業の場合は人材の流動性が高いという業界上の特性があるので足し算ではどうしても落とし穴があり難しい。そう考えるとこの業界はファンクションを買う、実輸送を買うM&Aの方が向いているのではと思います。
佐藤:我々Shippioはデジタルフォワーディングということでフォワーダー領域です。実際にお使いいただいているお客様から延長上にある、例えば通関の手続きまでお願いできないかとの声が多く寄せられて一時はライセンス取得も検討しましたが非常に時間がかかる。そこで実行したのがまさに掛け算型のM&Aだったと思いますが、狭間さんのお話は非常に腑に落ちますね。
荒井:物流業界は基本的に設備集約型の産業と思う一方で、オペレーションするのは人ですよね。これがM&Aをきっかけに離脱することは時々あります。人が残るということを考えると同業の場合、想像がしやすいので逃げていくパターンもある。ところが機能補完の場合、自分の能力が相手の会社の役に立てるという、互いがその想定ができるのが面白いです。近接だけど領域や業務分担が違うほうが人材のグリップ力は強いかもしれません。
佐藤:Shippioと協和海運のM&Aがまさにそうです。異なる領域に強みを持っていて、目指したい・達成したいミッションとビジョンは非常に近しいものがある。違う形で大きく飛躍できるという点は人材のグリップ力に大いに影響がありそうです。
佐藤:日本においてM&Aに対する感情論というものが、少なからず存在すると思います。円滑に進めている会社の具体例や変化してきているといったお話があれば教えてください。
荒井:アメリカと日本、例えばIT企業で比較してみてもM&Aの件数は全く違います。アメリカは非常に多いので成功例が多いのかとみると意外に失敗しているケースも。失敗しても全体としてうまくいっていればよしとする価値観です。日本の会社は揉めることや失敗を避ける傾向にありますよね。昔は敵対的買収もあったので思い込みもあるのかもしれません。慎重であることはよい面もありますが、ことM&Aに関して言えば、とにかく数をやってうまくいったものを伸ばす、失敗したらやめればいいのです。まずは挑戦して成功の確率を上げていくことが大切だと感じています。
佐藤:物流業界の再編は今後、徐々に加速していくと思われます。その中でM&Aのキーワードとなるポイントやどのような進化を遂げていくのか、コメントをいただきたいです。
狭間:機能保管による掛け算型でファンクションベースのM&Aが増えていくのだろうと。物流業界は非常に大きなマーケットですが、会社としてはまだまだフラグメント。ECや走行の自動化、テクノロジーの変化が起きうる業界で機能の補完性が非常に重要になります。買い手は自社の戦略のどのピースにターゲット会社を組み込んでいくのか、逆に売り手は買い手のどの部分にはまっていくのか。機能の補完性戦略がキーになってくるのではないでしょうか。
荒井:カネより人、これが最大のキーワードだと思います。現在の社会では上場企業の約7割が無借金です。お金の価値が昔より安くなる一方、ドライバーも経営者もそうですが人は減少傾向にあり人材の価値がかつてないくらい高くなっている。こうした背景から今後はますます人材グリップできる会社が買収戦略を確実に遂行して成長していけるはずです。
佐藤:足し算ではなく掛け算――つまりファンクションだということ、成長環境を整備し人的資産をどうグリップしていくのか。再編が進む物流業界のM&Aにおいて「人」と「機能ファンクション」は重要なキーワードと言えます。今後、こうしたM&Aや協業が物流業界において増加していく中で、本日のキーワードに注目していだき、さらなる学びを深めていただければと思います。