この記事は、2024年5月24日に開催した「Logistics DX SUMMIT 2024 〜インダストリアル・トランスフォーメーションの道筋~」の「GXとカーボンニュートラル実現への政府と産業界のシナジー」のセッションレポートです。経済産業省 産業技術環境局 環境政策課長 大貫氏の講演とアナウンサー 田中氏との対談で構成されています。
1998年経済産業省入省。中小企業金融、米国留学、リーマンショックや東日本大震災時の経済対策、人事企画官、原子力損害賠償・廃炉等支援機構などの経験を経て、2022年より現職。新たな政策パッケージ(GX)の企画立案・実行に従事。
田中 泉/アナウンサー
慶應義塾大学法学部政治学科卒業後2010年NHKにアナウンサーとして入局。「ニュースウオッチ9」リポーター、「クローズアップ現代+」キャスターなど報道番組を中心に活躍し国内外を取材で飛び回る生活を送る。2019年にNHKを退局。現在は「社会に気づきを届けること・ワクワクすること」を軸に人との繋がりを大切にしながら学びを続け活動中。昨年9月に政策研究大学院大学Young Leaders Program School of Government(公共政策修士課程)修了。
GX推進に向けて今、政府でどのような取り組みを行っているのかご紹介させていただきます。
世界で温室効果ガス排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)を表明する国・地域はいまや146ヵ国、GDPベースで世界の約90%となっています。日本も2050年を達成目標としてカーボンニュートラルを表明しています。これと同時に重要な論点となるのが、貿易収支と鉱物性燃料収支です。自動車、半導体製造装置など高付加価値品で稼いだ外貨を化石燃料輸入で消費。2023年には稼いだ分(輸送用機器約20兆円+一般機械約9兆円)の大半を原油やガスなどの鉱物性燃料の輸入(約26兆円)に充てる計算になっており、さらにその前年は約33兆円となっています。さらに悩ましいのが脱炭素の潮流による化石燃料の上流投資の減少や、地政学リスクの高まりで価格のボラティリティが拡大する傾向にあることです。ガソリンや電気料金など現在は国の補助が入っているため日常生活において実感値はそこまで高くないかもしれませんが、化石燃料に依存している構造が世界的に見ても国際情勢の中でコストに跳ね返ってくるリスクが高まっています。せっかく稼いだものが流れてしまう、もったいない構造が発生しています。
日本としては、まずエネルギーの安定供給が大前提となります。合わせて先進国の一員として国際会議での脱炭素問題(2024年温室効果ガス46%削減、2050年CNの国際公約を実現)も達成していかなければならない。ここで強く申し上げたいのは経済成長・産業競争力強化とともに実現しないと意味がないということです。ヨーロッパ中心に出てきた「カーボンニュートラル」という言葉に対して、日本ではGX(グリーントランスフォーメーション)という独自の造語をあえて作り、約2年前から政策を国際会議の議論も含めて進めています。
新たな政策パッケージの内容としては今後10年間に150兆円を超える官民GX投資を実現していくこと。一つ目の柱は国で、すでに2年前から始めていますが、新たな「GX経済移行債(世界初の国によるトランジション国債の発行)」を活用して20兆円規模の大胆な先行投資支援を行っていきます。例えば鉄の製造においては脱炭素効果の高い鉄の技術開発に成功しており、CO2排出を今の製造過程から半分にすることが可能になりましたが、今すぐゼロとなるわけではありません。ゼロではないが大きく削減が期待できる――そうした投資が世界では絶対的に重要でトランジションが大切だと考えて取り組んでいます。ちなみに昨年のG7では他6か国からも賛同も得てトップレベルの合意文書も得ております。
この20兆円規模の対策において、まず取り組んでいるのが革新的技術開発です。今の技術だけではゼロには至らないため、2050年を見据えて今からできる技術開発から社会実装まで連続的に投資支援を行っていく必要があります。例えば日本初の次世代太陽電池・ペロブスカイトについて開発を進め、実際に積水化学さんが2025年から市場投入予定です。また、2026年から水素還元製鉄の実証機導入を開始、火力発電所の関連では100%アンモニアだけで発電できる技術開発に成功し2026年よりマレーシアで商用化を目指しています。その他、ゼロエミッション船等への生産設備支援、次世代航空機の開発から次世代蓄電池・モーター、すでに500億円以上の投資を行っている合成燃料等のR&D支援まで技術開発への支援は多岐に渡ります。
また、排出産業の構造転換として排出量を半分以下に削減する革新電炉や持続可能な航空燃料(SAF)、ケミカルリサイクルへ投資支援。さらには断熱性能の優れた窓改修支援や電動車などのくらし分野のGXは今後3年で2兆円規模の計画となっており、あわせて中小企業のDX支援も取り組んでいきます。
一方で脱炭素製品の価値向上のために、カーボンプライシングを導入。企業がGXに取り組む期間を設けた上で、低い負担から段階的に導入していき、早期にGXに取り組むインセンティブを付与します。2023年から排出削減に積極的に取り組む企業等が参加する「GXリーグ」を始動、2026年度から本格稼働する予定です。
大貫 繁樹氏/経済産業省 産業技術環境局 環境政策課長
もう一点注目したいのがDX推進による影響です。現代の人口減少社会においては電力需要が下降線を辿っていましたが、Chat GPT等の生成AIの利用拡大に伴い、20年ぶりに電力消費量が増加する可能性があります。今後、カーボンニュートラル時代に入っていく中で鍵を握るのは、非化石の再エネや原子力といった化石燃料由来ではない電源です。どれだけ安価に提供できるかが国力に繋がる時代に突入しつつあります。
これらについては実際に「GX2040ビジョン」としてすでに官邸で会議が立ち上がっております。大胆な投資を決めていくのに残り15年というのは長いようで実は短いと思いますが、GX産業構造やGX産業立地、強靭なエネルギー供給の確保(エネルギー基本計画)等の議論を本格化し策定に向けて日々邁進しています。これまで申し上げた20兆円規模の大胆な先行投資支援の更なる実行とカーボンプライシングの詳細設計、加えて脱炭素電源の導入拡大に向けて官民一体となって進めていけたらと考えております。
田中:本当にGX待ったなしという時代に突入していると感じました。GXに向けた国際的な動きやトレンドに対する政府の対応、そのポイントを具体的に教えてください。
大貫:ヨーロッパ諸国やアメリカ、中国の戦略として、ある意味、自国が有利になるように国際的なルールを動かしてくるので、そこに対して日本が独自の強みを生かしながらどう応戦していけるか。例えばアメリカは企業側からの提案で政府が動いているような実態があり官民一体の推進力が強固です。日本の場合、個人的な感想ですが、まだまだ官と民の隔たりが非常にある。官民連携している国々と縦割りが存在する国々――EUが出してくる提案に対して日本流の返しを本格的に行っていて国際的な世論も少しずつ動かしつつありますが、我々だけでは実現し得ないので民間との協力体制が非常に需要だと考えています。
田中:本日は物流やサプライチェーンに関わる方々が多く来場して下さっていますが、皆様が今後検討していかなければならないのが「持続可能なサプライチェーンの構築」についてだと思います。脱炭素へ大きく舵を切っていく中で民間企業が直面する課題について、お聞かせください。
大貫: 2024年問題の対応でそんな余裕はないという指摘もあります。けれども共同配送や倉庫、大ロット化の議論など今まさに物流業界が直面する課題に対して取り組んでいる方向性はCO2排出問題にも効果的ですし、化石燃料依存の状況は企業・国ともども大きなリスクになってくる時代において、物流問題の効率化を図ることは絶対的にプラスになります。合わせて中長期的な目線で研究開発投資を行うこと――特に荷主側の企業は様々な分野でグリーントランスフォーメーションの国際ルールに基づいた規制に確実にさらされます。どう取り組んでいくべきか、この波を捉えた検討準備自体は早めに対策をする必要があります。
田中:非常に大きなGX関連投資が日本政府の方で行われる計画だと思います。その脱炭素化の取り組みが企業のサプライチェーン設計に与える影響について見通しを教えてください。
大貫:20兆円規模という非常に大きな支援ですが、我々としてはできるだけ早く皆様に取り組んでいただきたいと考えています。世界競争ありきで日本政府側から民間へ働きかけるのは難しいので、ぜひともいいアイディアをご提案いただいたき先行して投資を行っていければと。
田中:官民の連携をさらに深めていくには何が必要でしょうか。
大貫:いきなり具体的な提案がなくても、まずは直面している課題をディスカッションするところから、でよいと思います。政府側も今変わろうと動いていまして管轄の領域関係なく、あらゆる可能性を考えて各省庁へご相談やご提案いただけるのが非常にありがたい。我々経済産業省もグリーントランスフォーメーションと新たな政策については、より詳しい説明が必要だと思っているので発信を強化してやっていきたいと考えています。
田中:本日のカンファレンスのタイトルにもなっている“DX”デジタル技術を活用したトランスフォーメーションの取り組みが多く紹介されておりますが、大貫様が注目しているGXに関連する革新的な技術やビジネスモデルについてご紹介いただけますでしょうか。
大貫:物流に関係するところでは、将来的に合成燃料について注目しています。あとはEVですね。例えばトラック業界で燃料電池(FC)のトラック開発などは国も力を入れており、一部企業でも開発が進み今後キーになってくるかなと。最後にもうひとつ、ヨーロッパの海運大手ではAmazonやナイキなど荷主側からのオファーで通常燃料の3~4倍するバイオ燃料でいいから運んでくれという事例があります。エコデリバリーというのですが、こうしたサービスも民間主導で提供を始めています。政府だけではない、民間企業主導のケースという海外の動きも踏まえて、日本では官民連携をどのように進めていくべきか。いきなり日本の民間企業のみでスタートできるのか、国際的なルールメイクをどうするのか今後さらに考えていく必要があります。
田中:GX推進に向けて民間企業の皆様に期待する行動やアプローチについて具体的に教えてください。
大貫:今まさに皆様が取り組んでいる物流効率化に向けた動きは、その取り組み自体が反作用的に間違いなくプラスに効いてくると思います。一方で海外では複数の会社が連携して効率的に脱炭素に繋がるビジネスモデルや技術、オペレーションが作れないか、真剣に考えている人たちがいるのも事実です。新燃料についてもしかりです。民間企業だけの取り組みに留まらず、政府に問題提起して国際的なルールにしてしまおうと。世界的にみるとこうした情勢の中で日本もGX推進を行っていかねばならず、国内でも積極的に官民で知恵を出し合って進めていかないと国際競争の中では生き残っていけない。政府と産業界、互いに意識的に対話を持ちアクションを起こしていきましょう。
田中:GXとカーボンニュートラルに向けた具体的なアクションについて多くのインサイトを得られたと思います。カーボンニュートラルの実現は世界規模で取り組むべき大きな課題ということで全員が一丸となって持続可能な未来を目指していきたいと思います。
(左)田中 泉氏/アナウンサー、(右)大貫 繁樹氏/経済産業省 産業技術環境局 環境政策課長