2026年、CLO(最高物流責任者)の選任義務化が目前に迫り、多くの企業でサプライチェーン改革は待ったなしの経営課題となっている。そんな中、先進的な物流DXで業界をリードするのがYKK AP株式会社だ。
同社でCLOを務める岩﨑 稔氏は、Logistics DX SUMMITにも登壇するなど、日本のCLOの第一人者として知られている。同社は、Shippioをはじめとするデジタルツールを活用し、次世代のサプライチェーン構築に挑んでいる。日本のものづくりを支える物流の未来、そしてこれからのCLOに求められる役割とは何か。岩﨑氏が描く、その未来図に迫る。
YKK APでは、2024年にCLO(Chief Logistics Officer)職を新設し、サプライチェーン全体の最適化を目指した改革を推進しています。本インタビューでは、社長直轄の組織改編とIT人材の内製化がいかに全社DXを加速させたか、その戦略的な価値について岩﨑氏が語ります。
YKK APにおける、CLOの業務について教えてください
私がCLOという役職に就いたのは2024年からです。この役割はまだ世間的にも発展途上ですが、当社における私の主な業務は、生産部門だけでなく販売部門まで含めたサプライチェーン全体の変化に対応するためのガバナンスを効かせ、ルールを整備していくことです。
その重要な舞台となるロジスティクス部は、この10年でその役割と立ち位置を大きく変えてきました。
かつては生産本部の一部でしたが、「物流を考えるには生産側の目線だけでなく、運ぶ側、そして届け先の目線も必要だ」という経営判断のもと、社長の直轄部署へと変わりました。
さらに、2016年には生産技術部にあった物流企画の機能を私たちの部署に統合し、ユニットロード化やパレット開発、RFIDタグによる管理といった、より専門的な取り組みを加速させていきました。
「モノを作ったら、あとはよろしく」からの脱却
日本メーカーの物流における課題は?
日本のメーカーには、「生産ラインの自動化には投資するが、それ以外の物流などには投資しない」という、いわゆる「モノ作ったら、あとはよろしく」という考え方が根強く残っていると感じます。私たちの課題は、この長年の慣習からいかに脱却し、物流を経営の中心に据えるか、という点にありました。
物流を単なるコストではなく、事業成長を支えるための重要な機能として再定義し、経営層の理解を得て、就任後には7〜8億円規模の投資を実行しました。これは、生産効率だけでなく、サプライチェーン全体の最適化こそが企業の競争力になるという、強い信念があったからです。
「自分たちで作る」思想と、物流部門へのIT人材の配置
YKK APの物流DXについての取組みを教えてください
私たちのDX推進の根底には、YKK APが持つ「自分たちが何でも作る」という「川上遡上主義」の思想があります。これは、単に製品を作るだけでなく、業務プロセスや仕組みそのものも、自分たちの手で最適化していくという文化です。
この思想に基づき、私たちはIT部門から専門人材をロジスティクス部に迎え入れるという、大きな意思決定を行いました。私自身、自分の部署にIT人材を抱えていたからこそ、これだけの施策をスピーディーに実行できたと確信しています。物流の現場を熟知したメンバーと、ITの専門家が同じチームにいることで、施策の実効性が格段に高まるのです。
畑違いの若手もDXの主役に
内製化がもたらした、改革のスピードと熱量
組織変革をして、どんな効果がありましたか?
IT人材を物流部門に配置した効果は、絶大でした。
最初に開発したシステムは、IT部門から移ってきたメンバーが中心となって進めてくれましたが、その後の効果はそれだけに留まりません。例えば、部内に設置したDX担当部署では、物流とは畑違いだった若手がITスキルを習得し、今では国内輸送のポータルサイトを自ら作り、日々の運行判断を発信するまでになっています。
これは、専門性だけを求めるのではなく、「これをやったら、もっと良くなるのではないか」という現場の小さな気づきを、すぐに形にできる環境があるからです。AGV・AMR(無人搬送車)の活用といった最近の取り組みも、こうした内製化の文化が土台となっています。自分たちの手で業務を改善していく実感は、メンバーの働きがいにも繋がり、改革の熱量を高めています。
これからのCLOに求められる役割と、物流部門の未来
物流部門にIT人材を置くことは、今後、業界のトレンドになっていくでしょう。
そして、そのチームを率いるCLOには、部門最適ではなく、サプライチェーン全体の最適化を考える視点が不可欠です。
「CLOは誰がやるべきか?」という議論は、まだ始まったばかりです。私も他社のCLOの方々と積極的に情報交換し、胸襟を開いてコミュニケーションを取るようにしています。確かなことは、これからのCLOは、生産・IT・営業といった各部門の言語を理解し、国境を越えて、変化に対応するためのルールを作っていく、変革の推進者でなければならないということです。その責務を果たすべく、私たちはこれからも挑戦を続けていきます。