近年、原材料費の高騰により調達コストの削減や、自然災害や紛争などリスク対策による安定調達のために、サプライチェーンの可視化に注目が集まっています。サプライチェーンの可視化により、問題・課題の発見やリスク対策をはじめとした、強靭で持続可能なサプライチェーン構築に取り組んでいる企業も増えています。
この記事は、2023年8月8日に開催した「Logistics DX SUMMIT スピンオフ 2023 summer〜ロジスティクスを経営戦略の中核に〜」で、「サプライチェーン可視化の実践と戦略的価値」と題して行ったセッションのイベントレポートです。登壇者は、Specteeの村上さま、ローランド・ベルガーの小野塚さま、Shippioの竹原の3名です。
村上 建治郎/株式会社Spectee 代表取締役CEO
ソニー子会社にてデジタルコンテンツの事業開発を担当。その後、米バイオテック企業にて日本向けマーケティングに従事、2007年から米IT企業シスコシステムズにてパートナー・ビジネス・ディベロップメントなどを経験。 2011年に発生した東日本大震災で災害ボランティアを続ける中、被災地からの情報共有の脆弱性を実感し、被災地の情報をリアルタイムに伝える情報解析サービスの開発を目指し株式会社Specteeを創業。著書に「AI防災革命」(幻冬舎)
小野塚 征志/株式会社ローランド・ベルガー パートナー
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。日系シンクタンク、システムインテグレーターを経て現職。サプライチェーン/ロジスティクス分野を中心に、長期ビジョン、経営計画、新規事業開発、M&A戦略、事業再構築、構造改革、リスクマネジメントをはじめとする多様なコンサルティングサービスを展開。内閣府「SIP スマート物流サービス 評価委員会」委員長、経済産業省「持続可能な物流の実現に向けた検討会」委員、国土交通省「総合物流施策大綱に関する検討会」構成員などを歴任。近著に、『ロジスティクス4.0』(日本経済新聞出版社)、『サプライウェブ』(日経BP)、『DXビジネスモデル』(インプレス)など。
竹原 功将/株式会社Shippio Sales Director
みずほ銀行にて法人新規営業に従事し、若手優秀賞を複数回受賞。SMBマーケットにおける新規獲得で年間1位を記録。 その後、ベガコーポレーション(グロース上場・家具EC)にて、経営企画やSCM戦略部の責任者として、サプライチェーンに関わる戦略立案・実行・オペレーション管理に従事。サプライチェーン全体の改善活動に従事し、半年で70百万円以上のコスト削減を実現。管轄領域は国際物流から国内保管、国内配送まで多岐にわたる。 フリー株式会社では、カスタマーサクセスやアライアンスの企画立案・運営・パートナー営業などに従事。現在は、株式会社Shippioにて事業会社向けの営業責任者として従事。
Specteeは「危機を可視化する」というミッションを掲げ、世界中で発生するさまざまな危機を可視化し、予測するサービスを提供しています。災害や事故が発生した際、サプライチェーンのリスク管理や物流の効率管理にとって、いかに早く現場の情報を収集し解析できるかが重要だと考えています。
「発生から1分で発生場所と被害状況がわかる」をコンセプトに、X(Twitter)などSNSの情報や、気象データ、ライブカメラの情報、人工衛星の情報、自動車の走行データなど、オルタナティブデータと呼ばれる情報を収集し、リアルタイムに危機を可視化、分析、予測して地図上で表示します。
また、国内の情報に留まらず海外のリスク情報にも対応しているので、グローバルにサプライチェーン展開をしている企業にも、海外のリスク情報を瞬時に届けることが可能です。
例えば、SNSで災害の動画がアップされると、映像に何が映っているのかをAIが自動判別します。「煙と炎が映っていたら火災」というように、土砂崩れや冠水道路など、その映像の情報をAIが識別して災害の種類を特定します。
SNSの情報だけでなく、その他のオルタナティブデータをかけ合わせることで、より詳細に解析をし、その周辺地域の災害状況もリアルタイムに再現します。また、時間経過ごとの被害範囲の予測も、地図上でシミュレーションすることが可能です。
このように、テクノロジーを駆使して世界中にあるさまざまなデータを解析し、リスクの可視化と予測を行っています。
Shippioは日本初のデジタルフォワーダーとして、国際物流に関わるさまざまなサービス提供と、サプライチェーンの可視化、一元管理をデジタルの力でサポートしています。
第一種と第二種の貨物利用運送事業者の免許を取得しており、いわゆるフォワーダー(海運貨物取扱業者)の会社です。Shippioは、ワンストップで見積もりや発注、納期調整が行えるクラウドシステムを提供し、業務の効率化だけでなく、サプライチェーンの可視化やデータ活用も提供しています。
Shippioは、デジタルフォワーディングとAny Cargoの二つのサービスを展開しています。デジタルフォワーディングは、物流手配等をするフォワーディングサービスと、クラウドシステムを提供しています。Any Cargoは、Shippioのクラウドシステムのみを提供するサービスです。どちらのサービスも併用可能で、Shippioのクラウドシステムで管理することができます。
Shippioのクラウドシステムを使うと、国際物流における「カーゴステータス」「業務進捗」「輸送データ」の3つを可視化することができます。
「カーゴステータス」「業務進捗」はBCP対策にも有効です。有事の際、情報収集や指示確認をタイムリーに実施することが求められます。関係各所と情報を共有し対策を取るときに重要なのは、「情報が交錯しない」ことと「意思決定を迅速に行う」ことの2点です。
Shippioのクラウドサービスは、社内外の全ての関係者が最新のカーゴステータスや業務進捗情報にアクセスすることが可能です。それにより、クラウドサービスが情報のハブとなり、指示確認・対応策の意思決定など迅速な初動対応を取ることができます。
また、同画面上のチャットで貿易実務担当者さまはもちろん、営業、海外の現地法人と同時に会話をすることができます。記録が残らず、伝え間違えなどのリスクが発生しやすい電話ベースの情報伝達から、履歴が残るテキストベースへ切り替えることで、リスクも軽減できます。
Shippioを利用することで、国際物流の輸送データの蓄積が可能となります。その輸送データは、月別、輸送ルート別、キャリア別の輸送件数、あるいはリードタイムなど、細かくセグメントして取得することが可能です。蓄積されたデータを使った分析をもとに、サプライチェーンの改善に取り組めます。
例えば国際物流で発生する不必要な「デマレージ」や「緊急輸送費」は、データによる発注点の管理が出来ていないことが要因です。蓄積データに基づき、発注リードタイムを正しく把握することによって、適切なタイミングでモノが港に届く発注点を見極めることができます。これにより、デマレージや緊急輸送費の発生を回避することができると考えています。
国際物流の輸送データ活用で、リードタイムを最適化できれば、サービスレベルの向上に繋がり、売上増加に貢献できます。このように、国際物流の輸送データ活用は企業価値向上にも寄与できると考えています。
小野塚: 自然災害や労働力不足、消費者ニーズの変動といった予測の難しい要因や、市場の不確実性に対処しながら、ビジネスのパフォーマンスを向上させるには、サプライチェーンの可視化は重要です。この機運は、流通・物流業はもちろん、製造業など多くの産業で高まっています。
危機・リスクの観点から、サプライチェーンの可視化が必要な背景やメリットは何でしょうか?
村上: ここ数年で、サプライチェーンが寸断される危機・リスクが増加していることが要因の一つに挙げられます。
災害という観点では、気候変動の影響から近年増えている線状降水帯による顕著な大雨や、規模の大きな台風発生などが問題になっています。このような災害現象は、アメリカやドイツでも大規模な冠水が発生するなど、世界中で発生しています。
また近年では、コロナウイルスやサイバーテロなどサプライチェーンや物流に大きな影響をもたらす危機が多岐に渡っています。これらの情報を一元管理する仕組みを構築し、サプライチェーンの混乱に素早く対処できる準備を整えることが重要だと考えています。
小野塚: さまざまな危機に対して、いざという時にいち早く対処できる準備が大切ということですね。加えて、カーゴステータスや業務進捗の可視化もサプライチェーンのリスク対策になるとのことですが、その理由やメリットを教えてください。
竹原: サプライチェーンにおける業務単位の可視化が進んでいた場合、有事の際にどこの業務が止まったのか、どこから対策を打つべきなのかが分かるので、素早く対応することができます。特に大手企業の場合は、貿易業務のステークホルダーが社内外に多く、課題の所在が曖昧になりやすいためリスクが大きくなる傾向があります。
エクセル、メール、電話、FAXなど、コミュニケーションツールが多岐にわたったやり取りは、チーム間でのコミュニケーション齟齬や業務の属人化を招き、経験や勘に頼って判断を迫られることも多くなります。データに基づき標準化された判断を推し進めるためにも、まずはサプライチェーンの可視化を進めることが重要だと考えます。
小野塚: サプライチェーンの可視化にどれくらいの予算をかけるべきか悩んでいる経営者も多い印象です。どのようにお考えですか?
竹原: サプライチェーンの可視化と、売上・利益・キャッシュフローを紐づけて考えることが重要だと思っています。
海上輸送費は、物流のコストの中でコントロールの難しい項目です。一方で、サプライチェーンの可視化から得たデータを活用することで、在庫の最適化やデマレージの回避など、本来支払う必要のないコスト削減ができます。これはコントロール可能なコストです。特に、在庫の最適化はキャッシュフローに直結する課題です。
適正な在庫水準を維持しつつ、リスクが発生した際には、柔軟に安全在庫を確保するためには、倉庫内の在庫を正しく把握するだけではなく「洋上在庫の輸送状況の可視化」が不可欠です。調達物流管理の可視化をし、サプライチェーン全体の可視化が課題解決の糸口だと考えています。
村上: 在庫管理という観点では「リスクをいかに管理するのか」という点も非常に重要です。欠品による機会損失を回避するためには、在庫を多く持っていれば安心ですが、持てば持つほど管理コストがかかってしまいます。できるだけ早くリスクを把握し回避することができれば、在庫を多く持つ必要はなくなり、コスト削減ができます。
リスク管理は健康診断と同じです。定期的に健康状態を把握し、課題を早期に発見し対処することが重要になります。災害リスクの高い地域にサプライヤーの工場がある、あるいは地政学的にリスクが高い地域に取引先があるなど、現在抱えているリスクを事前に把握しておくことで、未然に災害問題を防ぐことが可能になります。
竹原: サプライチェーンは「いかにモノを安く届けるか、いかにコストを下げるのか」という観点で論じられることが多い印象です。一方で、サプライチェーンの最適化を実現するためには、サプライチェーンの捉え方を「コストセンター」から「プロフィットセンター」へ変える必要があると考えています。
サプライチェーンの改善はコスト削減だけではなく、最適な形でモノが届く仕組み構築や、機会損失の減少、売上増加などのプロフィットを生み出す施策です。考え方を切り替えることで、サプライチェーンの最適化は進んでいくと思っています。
小野塚: 最終目標を「サプライチェーンの可視化」とした場合、まず初めに取り組むべきことは何ですか?
村上: リスク管理の観点からのサプライチェーンの可視化は、「どういった」リスクを、「どこから」情報収集しているのか、という対応プロセスの洗い出しが、最優先すべき取り組みだと考えます。
これらは、現場担当者の経験や勘に依存しているケースが多い印象です。対応プロセスを洗い出し、サプライチェーンを可視化することで、災害発生後に迅速かつ的確な対応ができます。
竹原: サプライチェーンの可視化やシステム化、DXを考えていく上で、選択肢は二つあると思っています。一つ目は、システムをイチから自社で開発をすることです。もう一つは、既存のSaaSを導入することです。
システムをイチから自社開発すると、開発にかかった投資回収期間がかかります。一般的な開発期間を5年とすると、5年後には業務課題や悩みが変わっているケースも少なくありません。投資期間や投資金額を考えると、自社開発するより、まずは既存のSaaSや可視化ツールを導入して仮説検証を重ね、効果をスピーディに実感していくことが重要だと考えます。
小野塚: 既存のSaaSを導入してみて、業務効率化やサプライチェーンの可視化、データの活用を体感することで、気が付くこともたくさんあると思います。世の中に存在するさまざまな可視化ツールを導入し、それらを上手く組み合わせてサプライチェーンを改善・改革すること、新しい成長の実現や競争力の向上を図る機会としていくことが重要となりそうです。
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