大企業中心主義の課題、日本の産業再生に必要なイノベーションと創造的新陳代謝とは
佐藤:株式会社ディー・エヌ・エー(以下、DeNA)創業者であり、同社代表取締役会長及び経団連副会長を務めていらっしゃる南場智子さんをお招きしました。産業が発展していくために新陳代謝は必要なことですが、「創造的新陳代謝」はどうあるべきか。次の世代にどういう状態で、社会のインフラや産業の状態をどう渡していくべきなのか。そのために現世代が何に取り組むべきなのか話していきたいと思います。
南場さんはDeNAというメガベンチャーをゼロから創ってきた起業家であり、また経団連副会長という立場からも、日本の産業を広く見られていると思います。率直に日本の経済、あるいは産業についてどう見え、どのように取組んでいらっしゃるのか教えてください。
南場:日本の経済あるいは産業は、30年間ずっと右肩下がりの状態です。特に国際競争力という意味では、日本は相対的に地位がどんどん下がっています。
大企業は世界の競争に勝つために、コストカットや現場での改善工夫を行ってきました。しかし、いまだに戦後の産業政策やカイゼンで出来上がった成功パターンから抜けられずにいます。一言で言うとイノベーションが足りていません。よく日本の大企業は、DX(デジタルトランスフォーメーション ※1)やGX(グリーントランスフォーメーション ※2)など、トランスフォーメーションという言葉を使いますが、やはり本当の意味でのトランスフォーメーションはできていないのではないでしょうか。この30年間、経済全体においてはトップ企業となる勢いのある会社が日本から出ておらず、また国内においても産業の主役が入れ替わっていないという課題があります。そのため戦後の産業政策ではなく、民間から新しいイノベーションアイデアが雨後の筍のようにどんどん生まれて育っていくような土壌を作ることが、非常に重要だと考えています。
佐藤:日本は、戦後の成功モデルからなかなか抜け出せず、イノベーションが遅れてしまったということですね。なぜ日本は抜け出せなかったのでしょうか。
南場:大企業中心の経済になりすぎたことが原因の一つだと考えています。日本はこの10年で変わり始めていますが、世界はさらに変化しています。
世界では次から次へと大スターとなる企業が現れており、世界の企業価値トップ10の半数がVC Backed(ベンチャーキャピタルの支援を得た企業)、または30年以内に生まれた会社です。しかし日本は、企業価値トップ10にVC Backedも、30年以内に生まれた会社も、どちらも入っていません。
ヨーロッパのある大学の研究論文に、スタートアップへの投資は大企業への投資に比べ、イノベーションの波及効果が平均で約9倍高くなるとの分析結果があります。また生産性においても、VC Backedのスタートアップの方が、1.6倍高いと言われています。アメリカでは、過去50年に設立された会社が企業価値全体の75%を、R&Dへの投資額では92%を占めています。人が行っていない新しいことをやる、あるいはスタートアップを育てるエネルギーがぜんぜん違うと思うんです。
※1 デジタル技術を社会に浸透させて人々の生活をより良いものへと変革すること
※2 脱炭素社会の実現に向けた取り組みを通じ経済社会システム全体を変革すること
大企業における組織のダイバーシティと人材の流動性がもたらすイノベーション
佐藤:頭の中では新陳代謝が必要と考える一方で、なかなか進まないという現実があります。南場さんはDeNAを起業され、また経団連ではいろいろな活動を通じて大企業と接しておられます。特に大企業の方々が、ご自身の会社で新陳代謝を進めようと思ったときに、どのような視点が必要だと思われますか?
南場:私は幹部のダイバーシティが必要だと思います。トランスフォーメーションは「形を変える、変化する」という意味です。物流はDXとGXの両方が必要で、これからますます変化が求められる産業です。
ダイバーシティと聞くと、日本ではすぐにジェンダーの話になります。それも大事ですが、同じ会社に30年、40年と在籍していれば、男女関係なく同じように考え、同じ作法になります。
だから私は、経験のダイバーシティを思い切って進めるべきだと考えています。経験のダイバーシティを持った意思決定ボードが必要です。取締役会は、発案能力があるわけではありません。むしろ監督業務です。いろいろな事業を発案し、推進をしていく意思決定ボードとして、経営会議メンバーの半数以上に、外部で経験を積んだ中途採用や外国で育った人を登用していくことが第一歩だと思います。
もう一つは、人材の流動性が重要です。経営会議メンバーの半数以上を中途採用にすると、様々な効果があると思っています。今の若者に対して、新卒採用ではなく、途中から入社しても幹部になれるというメッセージが伝わるので、スタートアップに挑戦してみようかなとか、先輩が立ち上げたスタートアップを手伝おうかなといった行動に繋がりチャンスとなります。
このように人材の流動性を徹底的に高めることに加え、アクハイアー(acqui-hire ※3)も重要となってきます。M&A(Mergers and Acquisitions)を通じて、スタートアップの幹部を思い切って登用する。M&Aされた側もスタートアップに比べてスケールの大きな仕事が経験できることに魅力を感じる人も多いと思います。そこから社長を出してもいいと思います。それぐらいのダイナミックさで人材の多様化を促進すべきです。
※3 買収による人材獲得
ダイバーシティを重視する組織の競争力
佐藤:スタートアップの限られたリソースの中で、多様性のあるチームで事業を前に推進させることは、コミュニケーションコストも高くかかります。しかし、Shippioは創業当初から競争力に繋がると考え、ダイバーシティに対応していました。我々は、ダイバーシティは3つあると考えています。最初に仰ったジェンダー、それから国籍、最後に出身産業のダイバーシティです。
南場:画一的な人材であれば、マネジメントは楽です。しかし、それはやることが決まっており、事業を直線的に進められるときのこと。画一的な組織は、さまざまな課題を解決していくときには弱く、またショックにも弱い。一定の規模になれば、多少苦労してでもやはり、ダイバーシティは重視した方が良い。
佐藤:さらに踏み込んでみると、物流や製造業のサプライチェーンは、長年の成功体験を積み重ねた組織で、制度やお作法が成熟しています。そこにいきなり、自分の頭で何か考えてイノベーションを起こせと言われても、やはり空気を読んでしまいます。また制度も比較的減点主義なので、画一的なところでやってきた人に言うのも非常に酷だなと考える部分もあります。
イノベーションを生む業界での対話と協業
佐藤:スタートアップのM&Aや、アクハイアーにおいて、組織の中で新陳代謝を行うのではなく、組織の外で新陳代謝を進め培養してからまた取り組んでいく、そういう形もあると思っています。
南場:まさにその話は、タクシー業界にも言えると思います。Japan TaxiさんとDeNAが、お互いに運営していたタクシー配車アプリ事業を統合する形で、Mobility Technologies(現Go)という会社にして外に切り出しました。その理由の一つに、イノベーションにコストがかかる点があります。DeNAはリスクをとって挑戦することを奨励しますが、やはり上場企業なので、新規事業のPL上の赤字負担には一定の規律を儲け、時にブレーキをかけることもあります。そういった場合は、切り出すことによって、イノベーションに向って大胆な挑戦をすることが可能です。
またMobility Technologiesが、立ち上げのときから一貫して大事にしていたのは、イノベーションとはいえ、既存業界の方々と対話をとことん行い、その人たちの問題解決を一緒に行うという姿勢です。そこが一番苦労したところでもありますが、崩さずに一貫して通したことは、結果的にとても良かったと思っています。
佐藤:業界をここまで築き上げてきた方々は、課題感をとても理解しておられます。課題感について業界関係者との対話を重ねていくことは、大企業とスタートアップの連携・協業を促進する上で、大切なことだと考えています。
スピンアウト、スピンオフがもたらす新陳代謝
佐藤:アクハイアーやM&Aを行ってきた日本の大企業も存在していますが、M&Aをして制度やお作法が違う方たちを本体に取り込み一緒に推進していくのは、上手くいかないことが多いと思っています。一方で、ONE(オーシャンネットワークエクスプレス)やハコベルなど、外で意思決定や実験的なことを行うスピンオフ型事業の取り組みも出てきています。
南場:大企業が中途半端に、数%から10%をスタートアップに投資して情報を取ろうとするのは、本当に何の益もありません。スタートアップエコシステムの秩序も乱しますし、私はあまりポジティブではありません。大企業は、大成功したところを高い金額で買えばいいと思います。ですから中途半端に手を出すのではなく、事業会社は事業に集中する体制をとるべきだと思います。また、M&Aだけでなく、基幹事業以外のスピンアウト・スピンオフを積極的に行うべきですね。
佐藤:事業をスピンアウト・スピンオフさせることで、大企業の若手中堅の方が1段か2段高いレイヤーで仕事ができる。通常なら意思決定レイヤーになるまで20年程かかりますが、スタートアップなら少なくとも30代前半や、あるいは早ければ20代後半で経営や事業をつくることにコミットできる。こうした動きが大企業のスピンアウトから出てくると、今回のテーマとなる「新陳代謝」は生まれてくると思います。
スタートアップと大企業のオープンイノベーションに求められる更なる踏み込み
佐藤:日本産業の変革にスタートアップを起用することは、政府も大企業も少しずつ認識を持ち始めています。昨年の秋に発表された「スタートアップ育成5か年計画」で、具体的に経団連や政府、また経産省等々で議論されていること、あるいは大企業に期待することを教えてください。
南場:エコシステムは放っておくと20年・30年かかり、達成できるか分からない。5年で10倍にしようと言っているので、そのためにはできることを全部、一斉に行わなければいけません。それがよく理解されている施策が政府から発表されました。政府のスタートアップ育成5か年計画には、経団連の「スタートアップ躍進ビジョン」の提言も大きく取り入れられており、経団連としても非常に高く評価しています。
ただ経団連も政府も、オープンイノベーションとは言っていますが、あまり成功はしていません。大企業がスタートアップを活用し、活性化する考え方より、もう少し踏み込まないといけないと思っています。
また知財についてですが、大企業の知財部はやはり強いです。例えば大学と企業の共同研究の成果を大学発のスタートアップにライセンスしたくても企業の反対でできないケースが散見されます。ディープテックスタートアップは大学の研究から出てくることが多いので、折り合いをつけていくべきだと思っています。
また本日の主軸から外れますが、スタートアップ育成5か年計画には、留学の話はあまり書かれていません。本当は、受け入れるのも送り出すのも10倍にしないと、国内目線のスタートアップ企業が増えたとしても、スケールしない可能性があります。
佐藤:2016年起業時に、Go Globalに向かっているスタートアップはほとんどいない印象でした。時代が押し上げたというのはありますが、もう少し前の時代のソニーやホンダ、三井物産など、その頃の人たちの方がよっぽど世界を攻めていました。インターネットも何もない時代に種まきしてきた人たちがいた。これは現役スタートアップ世代も、もっと見習うべきだと思ってます。
スタートアップと大企業の提携、日本のリスクマネーの現状について
佐藤:大企業側への期待値も変わりつつある気がしています。
南場:大企業とスタートアップの提携に関しては、本当の意味で「イコールパートナーになっているか」と問われると難しいケースが多いと思っています。むしろ大企業の事業推進の一つの重要な要素として、スタートアップのサービスを購入することが一番いいと思っています。
提携となると、交渉や複雑な契約に多大な時間とエネルギーを要します。大企業の法務は強力で、時間も体制もないスタートアップにとって「イコールパートナー」の関係性を築くのは難しいのが現実です。それでしたら、お客さんとしてサービスを購入してもらう関係が、最高の提携だと思っています。
佐藤:私も提携は難しいというのが正直な感想です。本質ではない契約書が戻ってくると、なかなか厳しいと思ってしまいます。
南場:大企業のトップがどういう考え方か、それを確認した方が良いと思います。トップは、ある程度発展的な考えを持っている方が多いです。ただ法務や知財部門は守ることが仕事なので、何かあったときの防御として、大企業に有利に働くように細かく規定されています。守りの部署に緩くなれというのは難しいので、そこはトップがきちんとフォローをするべきだし、スタートアップもそういう事態に陥った時には文句を言う前に、トップのところに直接行ったらいいと思います。
佐藤:10年ほど前は1億円を調達したらすごいと言われていた時代でしたが、現在ではスタートアップの大型資金調達が増えました。さらに最近は、日本政策金融公庫さんがエクイティ出資(※4)でスタートアップ創業支援資金という大型融資の仕組みをつくりました。さまざまな形でリスクマネーの供給が増え、お金の流動性が上がってきている印象です。そうなると次は人材の流動性としたときに、大企業はどこから手を付けたらいいのでしょうか。
南場:人材の流動性は、スタートアップとメガベンチャーの中では非常に高まっています。ただ、大企業との間には川が流れていて、そこに橋が架かっていません。
大企業に優秀な人材を送り出してくださいと言っても、なかなか難しいのが実情です。ですからまず、起業をして失敗した人を探し出してでも採用してみてください。それから、アクハイヤーもどんどんして欲しいと思います。
採用する時に気を付けて欲しいのは、社内の人事制度にはめ込むのではなく、登用することが重要です。さらに、「寄り道した人大歓迎」や「スタートアップで失敗した人も大歓迎」とシンボリックにメッセージを出すだけで、起業してもし失敗しても雇ってくれる、声をかけてくれる大企業がいると思えるので、すごく挑戦しやすくなると思います。
※4 株式の取得により企業に対して投資を行うこと
物流業界の次世代に向けた新陳代謝の種まき
佐藤:「物流」という固い産業の中で、次世代への新陳代謝の種まきをするのは、勇気がいることです。次世代のリーダー、チャレンジャーが勇気を持って新陳代謝に取り組めるように、メッセージをお願いします。
南場:物流産業だけに限ったことではありませんが、まず自分が一緒に仕事をする単位で外部の人を入れていくことを、今日からでもすぐにやって欲しいと思います。会社単位で仕事をする時代から、プロジェクト単位で働く時代になってきています。その流れに抗わず、外部とのつながりを10倍ぐらいに増やしていただきたいです。
あとは、迷ったら動きましょう。外に出て失敗した人は、路頭に迷うことなどなく、逆に価値が倍増する時代なのですから。
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