企業戦略の実現に欠かせないビッグデータ活用~物流業界での最新活用事例~

2023.07.12

物流業界におけるビッグデータやデータサイエンスは年々進歩しており、これらのデータは企業の戦略実現において非常に重要な役割を果たします。具体的には、航海計画の最適化や在庫管理・調達・生産・販売など、サプライチェーンのさまざまな場面において活用が期待されています。こうしたビッグデータを自社で活用していくためには、何が必要でしょうか。ビッグデータの活用に精通するお三方をお招きし、物流業界におけるビッグデータの現状と、活用に必要なポイントを伺いました。

このセッションは、2023年3月3日に開催したLogistics DX SUMMIT 2023で「物流におけるビッグデータ活用の最前線~ビジネスへの応用を探る!~」と題して行いました。登壇者は、拓殖大学の松田琢磨教授、東京海洋大学の渡部大輔教授、神戸大の平田燕奈准教授(オンライン)、Shippioの本間善丈の4名です。モデレーターを務めた本間の問いかけに答える形式で、物流業界におけるビックデータの活用について語りました。

ビッグデータを用いたソリューションを活用し、国際物流業務の効率化が急速に進化

本間:ビッグデータの重要性の機運が高まったきっかけについて教えて下さい。

松田:近年、ビッグデータや、本船動静データの重要性が高まっています。きっかけの一つに、新型コロナウイルスの蔓延で、サプライチェーンに大きな混乱が生じたことが挙げられます。

コロナ渦前は、可能な限り少ない在庫量で経営するジャストインタイムが主流でした。しかし、コロナ禍で生じたサプライチェーン混乱の影響で、北米航路や欧州航路では平均で約4日間ほど、船の遅延が常態化しました。これに加え、陸上輸送の遅れや書類不備などで、更に2日の遅延が生じることもあったと聞きます。そうなると、ジャストインタイムで在庫を5日分しか抱えていなかったとすると、在庫は欠品し販売することができず、機会損失が発生します。

このように、新型コロナウイルス蔓延によるサプライチェーンの混乱が「在庫管理」や「リスク管理」の課題を顕在化させ、物流関係者や荷主の課題対処に対する検討を進める大きなきっかけとなりました。

コロナの時期が明けたいま、在庫管理・調達・生産・販売などサプライチェーンにまつわる業務のあらゆる基礎情報となるビッグデータや本線動静データに、期待と注目が集まっています。

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松田 琢磨/拓殖大学 商学部 国際ビジネス学科教授

本間:ビックデータの活用事例には、どのようなものがありますか?

松田:アメリカでは情報公開法をもとに、 PIERS、Descartes Datamyneなどのデータベース会社がB/L(船荷証券/Bill of Lading)データを整備して公開しています。このデータからは、いつ出港したのか、どんな品物を運んでいるのか、どういう業者が運んでいるのかなどの情報がわかります。こういったデータは1980年代から存在していますが、 B/Lデータの取得タイミングは通関を通過したときのみであるため、データのリアルタイム性に欠ける欠点を抱えていました。

 

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松田:現在は税関データだけではなく、AIS(自動船舶識別装置/Automatic Identification System ※1)データや衛星データの活用も進んでいます。これらのデータは、サプライチェーンのモニタリングや、マネジメントに高度化をもたらしました。

中には、混雑状況を可視化するプラットフォームなども出現し、本線動静の情報共有スピードが上がり、物流情報の可視化ができるようになりました。それ以外にも、貿易手続きや決算のデジタル化など、さまざまなソリューションを組み合わせた活用が可能になりました。

ビッグデータを用いたソリューションを活用することにより、経営組織にも良い影響が波及していくことが考えられます。

※1 船舶の船名・位置・針路・速力・目的地・各船舶に固有の識別符号などのデータを発信するデジタル無線機器のこと

物流業界におけるビッグデータやオルタナティブデータの活用事例

本間:近年注目されているオルタナティブデータとは、なんでしょうか?

平田:オルタナティブデータは従来型のデータとは異なり、これまで利活用の進んでいなかったデータのことを指します。具体的にはウェブサイトのトラフィックデータやPOS(販売管理/Point of Sales)データ、衛星画像、GPS位置情報などです。

 

従来型のデータに比べ、オルタナティブデータは精度とリアルタイム性が高い特徴を持っています。

本間:オルタナティブデータの活用事例には、どのようなものがありますか?

平田:物流業界では、さまざまなオルタナティブデータの活用が進んでいますが、その代表例の一つに、航海データのヌーンレポート(Noon Report)があります。

 

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ヌーンレポートとは、海運業界で正午(お昼の12時)に作成する報告書のことです。ここには前日の潜航から当日の潜航までの間に消費された燃料の量・ 船の速度・風の速度・プロペラの回転数など、さまざまなデータが記録されます。ここに記録されたデータを用いて、船の運航状態の評価や次の港までの燃料消費量の概算など、計算や予測などを行っています。このヌーンレポートにはオルタナティブデータの活用が用いられ、以前は紙で記録されていましたが、現在ではほとんどがシステム化されています。

AISデータも、オルタナティブデータを用いた衛星データの一つです。AISデータは、専用の受信機を沿岸部に設置し、船舶からのAIS信号を受信することでデータを取得します。ただし、陸上からAIS信号を受信できる範囲は約37〜55kmまでと言われており、受信できる距離に限りがあります。そのため、船が沿岸部から離れた場合や、水平線より遠くの海に出てしまった場合は、AIS信号を受信できなくなります。

しかし近年は、人工衛星の活用により距離の問題を解決できるようになってきました。人工衛星にAIS受信機を搭載し、陸上から検知できない船を宇宙から検知する仕組みを導入することで、AIS信号は垂直方向には約500kmまで届くようになり、広範囲でのデータの活用が可能となりました。

また、近年は海洋物流分野での衛星データの活用例が増えています。例えば、衛星画像を活用した港の混雑状況予測や、災害時の物流インフラ状況の把握、最適な経路探索などに応用されています。

さらに、トラックやコンテナにIoT(Internet of Things ※2)デバイスを装着することで、輸送中のデータもリアルタイムで取得することが可能になってきています。それにより、リアルタイムの物流追跡、運転手や車両状態のモニタリング、あるいは輸送中のリモートコントロールなどが可能になりました。

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平田 燕奈/神戸大学 海事科学研究科准教授

渡部:人工知能を活用することにより、テキストデータや、動画、画像などの分析もできるようになってきました。その分析手法の一つに自然言語処理、通称「NLP」(Natural Language Processing)があります。これは、人間の言語を機械で処理するものです。

この分析手法を応用して、「貿易担当者の感情が、どのように変化したか」をテキストデータから定量的に把握する研究も進んでいます。この変化を定量的に把握をすることにより、業務の属人的要素を減らし、将来起こりうるリスクに対して予測を立てる、といった活用方法が見込まれています。

※2 日本語では「モノのインターネット」と表現され、モノにセンサーなどを取り付けてインターネットへ接続することを指す。

ビッグデータの活用に必要な「ブリッジ人材」

本間:こうしたビッグデータを「自社で活用していきたい」と思っている方も多いと思います。活用にはどのようなことが必要でしょうか?

渡部:「自社のアセットを見直すこと」が重要だと考えています。まず、自社のアセットとしてデータのありかを整理する。場合によっては、デジタル化されていないデータを発掘して活用する、といったフローも必要です。

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渡部 大輔/東京海洋大学 海洋工学部 流通情報工学科教授

本間:実際に現場でデータを活用するために必要なことは、何ですか?

渡部:データ分析ができることと、実際に現場でデータ活用することは、大きく意味合いが異なります。

データ分析に取り掛かる人材は、二つのスキルが必要です。一つ目は、一定の物流に関する業務知識があること。二つ目は、データサイエンスの手法に精通していること。この両面のスキルセットが求められます。
このようなデータと現場をつなぐ「ブリッジ人材」となる橋渡し役が、今後より重要になると考えます。

松田:同時に、現場を管理するマネジメント層の役割も重要になると思っています。現場の知識をベースにデータを作るとき、どうしてもデータを作る側である現場に有利になり、データに偏りが生じてしまうことがあります。

「特定の現場に有利なデータになっていないか」とマネジメント層が対等な視点を持ち、知見として練り上げ、問題点を抽出し、経営に活用できるデータに整えることが重要です。役割を担うマネジメント層の知識と視点が、データ活用において重要になると考えます。

ブロックチェーンの活用は長期的には不可欠

本間:少し話が変わりますが、近年よく話題になるブロックチェーンの活用と展望について教えてください。

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本間善丈/株式会社Shippio  CEO室

平田:長期的にサプライチェーンの可視性やトレーサビリティ(※3)、情報の安全共有などの質を追い求めていく上で、やはりブロックチェーン技術は不可欠だと考えます。ブロックチェーンの社会実装のためには、長い道のりが必要になりますが、いずれ必ず普及していくと思います。

渡部:普及していくためには、国際標準化が必要だと考えています。現状、新しいブロックチェーンのプラットフォームは、どうしても民間主導でプロジェクトが進行しているケースが多いです。物流や貿易に関わる各関係者の協調や情報共有、データ構造も含めて、国際標準を作り上げていくことが重要です。そのために、密なディスカッションや協業、話し合いが必要だと考えます。

※3 商品の生産から消費までの過程を追跡すること。追跡を意味する「trace」と能力を意味する「ability」の2つを掛け合わせた「traceability」と表現する。

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