カーボンニュートラル実現に向けた物流の役割とは

2023.07.31

世界的に脱炭素が叫ばれている現在、気候変動をめぐる対策に対する日本企業のコミットメントが求められています。待ったなしの脱炭素への流れの中、日本の電力が再生可能エネルギー(再エネ)へのシフトを実現する可能性はどれくらいあり、また、どこから着手すれば良いのでしょうか。企業経営と消費者意識を変え、脱炭素社会の実現を目指すポイントについてお話を伺いました。

この記事は、2023年3月2日に開催したLogistics DX SUMMIT 2023の「カーボンニュートラル実現に向けた物流の役割とは」と題して行ったセッションのイベントレポートです。登壇者は、オーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)の塩見さま、ゼロボードの渡慶次さま、パワーエックスの伊藤さま、ローランド・ベルガーの小野塚さまの4名です。

CO2排出量の見える化を困難にする多重下請け構造

小野塚:物流を通じたCO2の排出量はどれぐらいか、まずここを把握していないと、カーボンニュートラルは語れません。健康になるために健康診断を受けるのと同様に、削減量を知るために全体量の見える化が必要です。CO2排出量の見える化の現状と課題について教えてください。

渡慶次:課題は、大きく二つあります。一つ目は、健康診断に例えれば体重計の問題です。体重を測る「ものさし」が、まだ統一されていない。さまざまな測り方が存在し測り方が統一されていないので、測り方が分からない事業者が多いのが現状です。

二つ目は、多重下請け構造になっている点です。大手の物流事業者や荷主から預けられた荷物が、協力会社に再委託され、そこからさらに再委託会社に委託されていく。こういったケースがあるので、再々委託先から情報をもらわないと正確な排出量を算出できない。しかし中小の事業者の多くは、自社の排出量を把握をする余裕や知見を持ち合わせておらず、データが出てこない。このような複層的な問題から、なかなか排出量が正確に見えてこない現状があると思っています。

小野塚:トラック輸送の場合は下請け・孫請けが存在すると思いますが、船の場合は下請けは存在するのですか?またモーダルシフト(※1)の考え方から国内船の需要が増えていると思いますが、船に関してもCO2の排出量を見える化したいというニーズはあるのでしょうか?

塩見:実はコンテナ船会社は船だけを扱っているわけではなく、前後の陸上輸送も取り扱っています。お客様によってはトラックで荷物を港に運び、そこから船に積み替え海外へ持っていく。その荷物が西海岸に運ぶものだとすると、ほとんどの場合は鉄道も使います。そうなると、サプライチェーンの中にONE以外のサービスプロバイダーが入ってくることになります。

私たちは船単位ではなく、お客様からコンテナ単位でお預かりします。そうなると、コンテナ一本でどれくらいのCO2排出量か算出するのは、とても困難です。ONEが取り扱う中身が入っているコンテナは年間1,200万個程あり、同数の1,200万通りの運び方をしています。さらに、コンテナは常に中身が入っているわけではありません。空のコンテナを運んでいる場合、誰が責任をもって計上すべきなのか模索している状況です。

※1 トラックによる貨物輸送を、鉄道・船舶などの大量輸送が可能で環境負荷の小さい他の輸送モードに転換すること

 

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塩見 寿一/Ocean Network Express Pte.Ltd.Vice President,Corporate Strategy and Sustainability Dept.,Corporate Communication Dept.
1995年4月 大阪大学経済学部卒業後、株式会社さくら銀行(現株式会社三井住友銀行)に入行。2021年6月の退職まで本店営業部やニューヨーク支店、トランスポーテション営業部にて国内外の大手企業(運輸・製鉄)を長年に亘り担当。2021年7月にOcean Network Express Pte.Ltd.に入社。現在の担当は企業戦略/環境戦略/広報。

算定作業の効率化でコストとCO2削減が叶うソリューションを提供

小野塚:事業者自らの排出だけでなく、事業活動に関係するあらゆる排出を合計した「サプライチェーン排出量」は、3つのスコープで構成されています。スコープ1(燃料の燃焼による直接排出量)、スコープ2(電気の使用による間接排出量)、スコープ3(それ以外の間接排出すべて)から構成されていますが、物流業界ではこのスコープ3の「CO2排出量の見える化」が課題となっています。その仕組みづくりについて教えてください。

渡慶次:協力会社が欲しいデータも決まりつつあり、大まかなルールも定まってきています。ただ協力会社も複数の事業者と付き合っており、その分、プラットフォームやフォーマットが多種存在しています。それゆえ事業者から、自分たちが使用しているシステムに情報を入れて欲しい、という依頼の負荷が高くなります。少人数で運営されている事業者に、細かいデータ取得を依頼するのは難しいので、デバイスを搭載しデータを吸い上げる共通基盤が確実に必要になってきます。モノの動きは国内だけに留まらず、海外へ運ぶ場合は必ず船・飛行機を利用します。そこの連携も確実に必要になってくると思っています。

小野塚:運ばれた先の国でも算出が必要となると、国際的なルールづくりも視野に入るわけですね。

渡慶次:現在、業界団体でグローバルに企画が進んでいます。そこのリサーチも行いながらソフトウェアの実装を進める必要があります。

小野塚:将来的には、自社に合ったソリューションを意思決定できることが理想像だと思いますが、いかがですか?

渡慶次:我々がまず取り組んでいることは、算定作業の効率化です。そして当然、費用対効果が高いソリューションが望まれています。ベストなのは、コスト削減とGHG(Green House Gas ※2)削減の双方が叶うものです。現在、燃料価格が上がっているので、そこへの投資開始時期も早くなっています。

しかし大手製造業だと昔から省エネに取り組んでいるので、削減への限界費用が非常に高くなっています。ですから、スコープ3までを視野にサプライチェーン全体を見ることが必要になってきます。スコープ1・2だけではなく、スコープ3も含めた全体で費用対効果が高い削減を判断し、見合ったソリューションをご提案をすることを目指しています。

我々はスタートアップなので、多種多様なソリューション全てに対応するのは不可能です。ですから、ソリューションは持たないと決めました。我々が今一番力を入れていることは、電力会社やガス会社、商社や物流事業者と組みながら、多重下請け構造でサプライチェーン全体の算定が難しい業界に特化したソリューションを開発することです。サプライヤからの一次データを効率的に収集するためのデータ連携機能と、データ連携の対象となるCFP算定機能を開発をすることで、クラウドサービス上でCFP算定とそのデータ連携の提供が可能となります。こうした連携を通して、私たちはソリューションをマッチングする世界を構築しようとしています。

 

※2 二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの排出量のこと

 

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渡慶次 道隆/株式会社ゼロボード 代表取締役
JPMorganにて債券・デリバティブ事業に携わったのち、三井物産に転職。コモディティデリバティブや、エネルギーx ICT関連の事業投資・新規事業の立ち上げに従事。欧州でのVPP実証実験の組成や、業務用空調Subscription Serviceの立ち上げをリードした後、A.L.I. Technologiesに移籍。電力トレーサビリティシステムやマイクログリッド実証(国プロ)を始めとした数多くのエネルギー関連事業を組成。2020年末より、脱炭素社会へと向かうグローバルトレンドを受け、企業向けのGHG排出量算定クラウドサービス「zeroboard」の開発を進める。2021年9月、同事業をMBOし株式会社ゼロボードとしての事業を開始。

再エネ導入で差分を捉え、費用対効果を考える

小野塚:脱炭素に取組む上で、費用対効果をどう考えたらいいのでしょうか?

伊藤:脱炭素は、エネルギーとなる燃料と電源をクリーンにすることが大原則です。船を例にすると、日本に到着するまでの燃料を水素やアンモニア混合とすれば、CO2が減ります。ただ、コンテナを降ろす際のガントリークレーンの電源は7割火力で、さらにリーファーコンテナへの給電も7割火力です。

ではソーラーや風力にするかとなると、船が着いた時に太陽が燦燦(さんさん)と照り、ものすごい風が吹いていれば良いですが、同時同量というわけにはいきません。そうなると、蓄電池を大量に積み、運行計画に合わせて船が到着する前に充電し、到着したらリーファーコンテナを積み替える数時間を全部再燃でまかない、ガントリークレーンの動きもピークシフトをして電気代を下げる対応となります。その先のトラック輸送は、大型トラックの場合で水素、ラストワンマイルの場合で電化となります。

今までの電源で排出していたCO2に対して、新しい電源で排出しなくなったCO2で差分が出せます。このように、差分をうまく取る形で、再エネ導入を捉え、費用対効果を考えていただくと非常に効果的かと思います。

とはいえ、結局は経済合理性が全てで、再エネの方が儲からないと切り替えが難しいのが現実です。ただし、直近の電力価格を電源別でみると、ソーラーが原子力よりも安くなる見込みです。そうなると大口でエネルギーを使う事業者は、ソーラーを使った方が良いと言えます。ソーラーを使うためには電池をうまく活用し、夜間でも使えるようにしないといけません。

このように全体を可視化し、回収に何年必要か、CO2削減の数値など全ての見積もりを出した上で、リースやローンを組んだり、補助金を申請したりと、ワンストップで比較検討できるプラットフォームがあると便利だと思っています。

 

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伊藤 正裕/株式会社パワーエックス 取締役 兼 代表執行役社長
2000年ヤッパを創業。2014年M&AによりZOZOに入り、ZOZOテクノロジーズの代表取締役CEOを経て、2019年ZOZOの取締役兼COOに就任し、「ZOZOSUIT」など数多くの新規プロダクトの開発を担当し、ZOZOグループのイノベーションとテクノロジーを牽引。2021年3月に、自然エネルギーの普及並びに蓄電、送電技術の進化において新規事業を展開するパワーエックスを設立し、社長に就任。

代替燃料手前の今やれる「Kaizen」に着手

小野塚:海運もCO2を減らしていく場合、最終的には水素船や電動船となるのでしょうか?

塩見:外航海運の場合は長距離を走るので、水素だとエネルギー密度の問題でタンクを大量に積む必要が出てきます。我々はお客様の荷物を運んで運賃をいただいているので、タンクの容量が大きくなると経済性が阻害されてしまいます。電池も同様で、現在のテクノロジーレベルだと電池を積むだけで手一杯になってしまいます。

国際規模の環境会議に出席すると、一足飛びに代替燃料の話になりますが、実はその前にやれることはたくさんあります。当たり前ですが、船は大きくて物理法則に従っているので、貨物が多く重量が増加すれば燃費は悪くなり、後ろから海流が押してくればその分燃費が向上します。船はだいたい時速30〜40キロ程の巡航速度で走っています。仮に自転車で30〜40キロを出すと、前から風がビュービューと吹き付け止まってしまいます。実はコンテナ船も同じです。船の先端部分に風防を付けるだけで、2〜3%のCO2排出削減が可能となります。

また、水面下の船首を丸く出っ張らせた部分を、バルバスバウと言います。船がすすむと水面に波が起こり、その抵抗で船の速度が落ちます。この突起物が作る波が、その抵抗を解消する仕組みです。この突起物を普段よく使う速度域に合わせた形に変えると、CO2排出が2〜3%下がります。

CO2排出がゼロにはなりませんが、ゼロにする前にやれることをやる。その上で、新しい燃料やテクノロジーに着手していけば良いと思っています。

解析を武器に国際的ルールメイキングに参加していく

小野塚:CO2排出量の算出方法は統一されているのでしょうか?

塩見:計算手法に一定したルールが無いのが現状です。何に基づいて算出しているのか、正確性を上げていくべきだと思っています。

小野塚:国際的な会議でも、陸海空輸送中のCO2排出量や、港の設備から出る排出量の算出方法は議論され、徐々に同じ目線で揃いつつあるのでしょうか?

渡慶次:揃ってくると思います。サステナビリティをビジネスに持ち込んでいるのは欧州です。欧州は、サステナビリティという「ものさし」を持ち込むことで、経済的に有利なルールを作っていこうとしています。当然、気候変動に対処する大義名分もありますが、業界団体が自動車・化学品などに対しての排出量算定ルールを主導して作っています。

日本も後手に回らず、プレゼンスを上げていく事が重要です。大きなイノベーションでなくともできる改善は、日本企業の得意とする「解析」が非常に効いてきます。それによって、国際的ルールメイキングに参加することが重要だと考えています。どう考えてもルールは統一されていくので、その中でどう勝つかを考えるのが大切ですね。

 

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小野塚 征志/株式会社ローランド・ベルガー パートナー
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。日系シンクタンク、システムインテグレーターを経て現職。サプライチェーン/ロジスティクス分野を中心に、長期ビジョン、経営計画、新規事業開発、M&A戦略、事業再構築、構造改革、リスクマネジメントをはじめとする多様なコンサルティングサービスを展開。内閣府「SIP スマート物流サービス 評価委員会」委員長、経済産業省「持続可能な物流の実現に向けた検討会」委員、国土交通省「総合物流施策大綱に関する検討会」構成員などを歴任。近著に、『ロジスティクス4.0』(日本経済新聞出版社)、『サプライウェブ』(日経BP)、『DXビジネスモデル』(インプレス)など。

日本の環境ビジネスで世界と戦うには

小野塚:日本の環境ビジネスを、国際競争力を高める手段にしていく上で、すべきことを教えてください。

伊藤:国・国連・世界レベルで脱炭素に向かっているので、今後、船の輸送コストが上がることは明白です。そうなると、エネルギーを海外に頼っている日本が、国内生産に切り替える可能性もあると思っています。外国から買う石油よりも日本のソーラーが安ければ、日本のソーラーが選ばれるからです。これは原料にも同じことが言えます。

脱炭素とコスト高の2つを前提に、いかに日本の国際競争力を上げていくかを考えたとき、GDPを増やすために製造業・ものづくり・出荷産業をもう一度見直して注力することも有りえると思っています。

いろいろな会社が新しいソリューションを生み出し、産業創出が起きていく。経済合理性に基づき、脱炭素をするという約束の下で意思決定をしていけば、自然と日本は悪くないポジションにいけるのではないでしょうか。

ゲームチェンジャーとなるために

小野塚:さまざまな会社と連携してコンソーシアムを組み、未来に向けて日本の国際競争力を高めれば、日本の復興にもつながっていく。国内回帰が進めば雇用も増えますし、まさに一石二鳥だと感じました。では最後に、一言ずつお願いします。

塩見:まずは物流業界全体を筋肉質にして、そこから技術の話をしたいと思っています。日本の技術が見切り発車で使われるのは残念なので、地道なところから着手して、日本の競争力がゲームチェンジャーとなるために、協力しあってオープンに取り組んでいきたいです。

サプライチェーンをいかに安く、且つ効率的にという、とても難しい課題を達成していかなければいけません。単に物流業者に任せっきりにするのではなく、自分たちの役割を果たしていく姿勢が大切です。スコープ3は、最終的には誰かのスコープ1です。つまり、お互い自分のスコープ1を削減するためには何をしたらいいか。ここについて、今まで意見交換してこなかったと思います。対話を重ねていける国でありたいと思っています。

渡慶次:全てのB to B企業も、最終的には消費者につながるので、生活者が最初に変わらないと難しいと思います。とはいえ、環境負荷が低いものに対してお金を払うことは、なかなか受け入れられません。

例えば、今日ECサイトで買ったものが、実は1週間後の配達でも構わないとします。するとトラックから鉄道に積み替える時間が生まれ、モーダルシフトが裏で起きるかもしれない。お金を払わなくとも、何か手放すことによって環境負荷を下げていくこともできると思います。そういったことを啓発して、満足度を下げずに脱炭素化できる領域を広げていくことが大切です。

そして、カーボンニュートラルは今まさにルールが作られようとしているので、怖がらずにルール作りに参画をしていくのが非常に重要だと思います。

伊藤:電源と燃料を選ぶときは、クリーンなものを選んでください。皆さんが行動するだけで、一気に再エネ・脱炭素になります。まずはシンプルに、何で作られているのか、どんなエネルギーなのか、ちょっと確認するところからでも、意識づけや動機づけがだいぶ変わって、脱炭素が進むと思っています。

アーカイブ動画配信中!

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アーカイブ動画はノーカットになっておりますので、本記事を読んでご興味を持って頂いた方は、以下サイトからアーカイブ動画もご視聴ください。

 

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