この記事は、2024年5月24日に開催した「Logistics DX SUMMIT 2024 〜インダストリアル・トランスフォーメーションの道筋~」の基調講演「DXは産業とサプライチェーンをどう変えるのか」のセッションレポートです。『DXの思考法』著者、経営共創基盤 西山氏の講演と株式会社Shippio 代表取締役CEO 佐藤との対談で構成されています。
登壇者
西山 圭太/東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授, 株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー
東京大学法学部卒業後、通商産業省入省。オックスフォード大学哲学・政治学・経済学コース修了。株式会社産業革新機構専務執行役員、経済産業省大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、東京電力ホールディングス株式会社取締役、経済産業省商務情報政策局長などを歴任。日本の経済・産業システムの第一線で活躍したのち、2020年夏に退官。パナソニックホールディングス株式会社社外取締役。株式会社ダイセル社外取締役。著書に『DXの思考法』(文藝春秋)。
佐藤 孝徳/株式会社Shippio 代表取締役CEO
新卒で三井物産株式会社に入社。原油マーケティング・トレーディング業務、企業投資部でスタートアップ投資業務などを経て、中国総代表室(北京)で中国戦略全般の企画・推進に携わる。2016年6月、国際物流のスタートアップ「株式会社Shippio」を創業。国際物流領域のデジタル化を推進、業界のアップデートに取り組んでいる。
そもそも、デジタル化とは何か?
デジタル化の原理を紐解く
今から約80年前、コンピュータが誕生しました。どんな質問や課題を与えられても答えを出してくれるような万能機械を想定していたのですが、能力を発揮してもらうには当然ですが、我々人間が何を解決して欲しいのか、課題をコンピュータに伝える必要がある。ご存じの通りコンピュータはオンオフで全てを制御しているので最終的には0と1で表現しないと伝わらず、これが非常に面倒くさい。当時はプログラムを書いて答えを導き出すことを繰り返していましたが誕生から80年が経って、大きくかけ離れていた人間の課題とコンピュータの理解がソフトウェアやインターネット、生成AIの複数レイヤーの存在によりその距離が埋まった訳です。今や日本語で質問するだけで何でも応えてくれる。これはビジネス課題に直面している皆さんがデジタル化をしようとする場合も直接サービスを作ったり使ったりすることが非常にスムーズになったということです。
西山 圭太氏/東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授, 株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー
デジタル化の原理
当初かけ離れていた人間とコンピュータの距離を埋めたものには実はある特徴がありまして、それが「デジタル化の原理」と私が呼んでいるものです。1点目は解き方を解いているということ。いちいち1つの問題を解くのではなく、解き方を解いてしまえばどんな問題でも解けます。2点目は様々な要素を横断した横割りのレイヤー構造であること。個別の会社とも関係ないしジャンルとも関係がありません。3点目は「Reconfigurable(再構成可能な)」。例えばスマホの機能は音楽、レシピ、天気予報…と希望に合わせて瞬時に切り替えが可能ですよね。デジタル技術を使うということは切り替わらないと意味がなく、パターンをどんどん変えることに意味があります。
クラウドサービスとは
クラウドサービスは単純化すると上下二段のウェディングケーキのようになっており、下半分が計算処理基盤(計算+記憶)、上部はデータからソリューションを作るデータ解析基盤を成しています。Amazon Web Servicesを例に考えると、ストアは250-300のマイクロサービスで構成させています。
それらのサービスは、疎結合で相互に独立して改善・進化でき、かつ統合可能です。それを外部向けに展開したのがクラウドサービスです。システム構築の課題解決の本質は「意思決定の分解」「ソリューションの提案プロセスの分解」だと考えて、ビジネスにした。つまり「個々の課題を解く」のではなく「解き方を解く」アプローチです。
ビジネスは「解き方」の「掛け算」だと考える
なぜ縦から横(レイヤー)になるのか
ビジネスの直接の目的は、よいプロダクト・サービスを作ることやオペレーションを改善することです。言い換えればよいソリューションを探索している。そのために人や組織がもつ探索能力(=解き方)を動員しています。
デジタル技術はそもそも解き方を解いているので、人や組織がもつ探索能力とデジタル技術を掛け算して、どのように個別の問題を解くのかという発想に切り替える必要があります。会社を「探索能力×デジタル技術」の掛け算で考えることが必要で、使用するデジタル技術が増えていくということは、解き方が掛け算されていき、同じ探索能力が他部門や他企業でも使える大きな力となります。
「Reconfigurable」の発想で解き方を解く
そもそも社会は複雑な課題に対処するため、役所や企業も縦割の概念が根付いています。問題やジャンルを縦に切り分けた方が分かりやすいと考えがちですが、現代の課題には、縦割りだけでは対応できないことが多いです。
世の中がどんどん複雑になるにつれ、様々な事柄が互いに関係するように変化しており、いよいよ縦割りだけでは追いつかなくなってきた。その典型的な事例がサプライチェーンです。物流の問題だと思っていたら受発注、供給途絶の対応、ゼロエミッション、人権…と、もはや縦割りの概念では対処が不可能なほどに各要素が密接に絡み合っています。
これを解決するために必要なのが、デジタル化ということになります。一つ一つの課題は複雑かもしれないけど、そういう発想をやめて解き方にパターンがあると考えてしまえば、もっと単純化できるはず――デジタル化とはそういう発想がベースにあります。
コンピュータはレイヤー構造を活用しており、我々がコンピュータから感知できるのは生成されたプロパティ(各種の設定や属性に関する情報)だけ。プロパティは変幻自在で「Reconfigurable」、つまり再構成が可能です。レイヤーが上がるごとに抽象化され我々の日常生活に近づいていきます。
サプライチェーンで何が起きようとしているのか
サプライチェーンへの負荷の高まり
縦で割ってもうまく課題の全体像が把握できない典型例が、サプライチェーンです。ゼロエミッション、供給途絶の強靭化、人権、経済安全保障など「物流」だけでは切り取れない、多様な要素を勘案し状況に合わせて機動的に対応することが必要となります。
根本の解き方を解いておかないと、一つ一つの課題を対処するやり方では間に合いません。その解の探索に使われるのがデータであり、デジタル技術です。
サプライチェーンのDXが産業自体を変える
デジタル技術が進展して、フィジカル空間で起こっている「ものづくり」が丸ごとサイバー空間でできるようになりました。製造企画から調達、設計、シミュレーション、テスト、生産在庫管理、受発注、決済までデジタル化して、同時に行うことが可能でデータ連携もスムーズに行えます。フィジカル空間側で起こることがサイバー空間側で制御され、事業活動が企業の壁を超えて連携することで、これまでよりも広い探索が可能になっていきます。
それを可能にしているのがネットワーク化(インターネット、IoT)、データ連携、デジタルツインなどの技術です。従来のフィジカル空間でモノを加工して完成品に至る「サプライチェーン」「バリューチェーン」ではなく、サイバー空間でデータを使って解に至る、探索スペースとして活用することができます。これは人、モノ、サービス、プロダクトあらゆる面において今までにない解決策の可能性の探索を容易にしてくれます。
アフターデジタルの産業
ビフォーデジタルの産業は「完成品を部品に分解する発想」でしたが今はもう違います。アフターデジタルの産業では消費者のニーズに合う商品の探索、機能を満たす部品の探索、需要にマッチした物流の探索…とバリューチェーンのどのステップも「探索」が始点となります。
企業に求められるのは探索の能力であり、複雑性が向上すると探索を人間だけではとても担いきれないため、データとデジタルツールを使うことで、フィジカル空間の事象をサイバー空間へと引っ越すことが重要となります。
少し具体化すると自動車、食品、物流と縦割りになっていたものが、解き方と探索能力に分解すると需要予測、物流管理、在庫管理、価格戦略といった具合になり、これをデジタルツール(AI、データマネジメント、UXデザイン等)と照合していく――まさに横軸の発想です。
人材や組織も「Reconfigurable」な環境に適合する必要があり、縦→横の変換が大切です。人材は従来のルールを覚えるのではなく自分で臨機応変に判断する、自分で判断が難しい事象に対しては、判断の助けになるツールや助けのありかを知ることが重要となってきます。組織においてもセルフマネジメントが可能な組織環境を作ることが大切です。このイベントを機にぜひともチャレンジしていただけたらと思います。
講演を終えての対談
佐藤:DXというと、ベンダーや機能の比較という内容なのでは、と思われる方も多くいらっしゃると思います。最初のセッションに西山さんの講演を持ってきたのは、DXは課題の解き方が変わる、あるいは解き方を解く発想が必要になる、という点をインプットしたいと思ったからです。
西山さんは企業の社外取締役という立場でもありますが具体的にDXをもってして今どう企業が変革しようとしているのか、現場の経営者の視点からお話しいただけますでしょうか。
西山:先ほどの講演でもお話ししてきましたが、DXというのは解き方を解くという発想が必要ということです。解き方を解いているので、1つ作ってしまえば色々な課題に適用できます。探索は大変なので、世の中に既に解き方が存在する場合は、それを活用するほうがベターです。いま、多くのスタートアップがこの「解き方を解く」領域にチャレンジしています。そのため、既にあるツールを活用するのもDXの第一歩として大いに有りだと思います。
また、成功事例を見ていると、まずは社内のコミュニケーションを横割にすることから始めているケースが多いように思います。デジタル化においては多様な視点が重要で、一見全く異なるように見える事象でも、実は同じじゃないかと考えられる視点が会社として非常に大切です。縦割りではなく、横割りでの情報共有が、解き方の探索には必要です。
佐藤:これまでの日本企業の文化や物事の考え方でいくと、自社個別で同様のものを作ったほうがいいのではないか、それが競争力になるのでは、と考えがちです。日本のDX推進においてチャレンジとなるポイントがあれば、教えて頂けますか。
西山:デジタル技術とは、使うことによってサービスの在り方を変えるものです。ビジネスが変わっていくことに付加価値があるのであって、もう既に存在するものを作ることに価値はありません。顧客のことをよく知ろうとするのは日本のよいところだと思います。デジタル技術はサービスのバリエーションを増やすために作られており、顧客別にカスタマイズすることだって可能です。
佐藤:ありがとうございます。DXのスタートラインは物事の考え方や意思決定の方法を変えてみる、というポイントをぜひともひとつの気づきにしていただけたらと思います。