この記事は、2024年5月24日に開催した「Logistics DX SUMMIT 2024 〜インダストリアル・トランスフォーメーションの道筋~」の「儲かる物流DXの先進事例」のセッションレポートです。セッションには、Ocean Network Express(ONE)の道田氏、三菱食品株式会社の田村氏、SAPジャパン株式会社の村田氏、株式会社ローランド・ベルガーの小野塚氏の4名が登壇しました。
登壇者
道田 賢一/Ocean Network Express, Digital Yield Management, Senior Vice President
1998年に慶應義塾大学卒業後、日本郵船(株)に入社。大阪支店で定期航路のCS、営業職を経験後、星港にて本船オペレーションを経験。その後、本社にてコンテナフロー及び調達を担当し、北米にて基幹システムとBIツールの導入を行う。2010年に星港に異動し、定期航路の収支管理及び、イールド管理プロセスの導入を行った後、新たな基幹システム導入POC(要件の取り纏めからプロセスの整備)を担当。その後、ONE設立にPMOサポートとして参画。2018年のサービス開始以降は企画及び採算管理の業務を担当後、現在のイールド管理部門に異動し現在に至る。
田村 幸士/三菱食品株式会社 取締役常務執行役員 SCM統括
1988年三菱商事(株)入社。主に物流畑を歩き、ドイツ駐在、経営企画部次長、国土交通省航空物流室長、三菱商事ロジスティクス(株)社長、物流事業本部長などを歴任。2021年より現職。2017年から国士舘大学客員教授も務める。
村田 聡一郎/SAPジャパン株式会社 コーポレート・トランスフォーメーション ディレクター
ITではなく経営目線から顧客の企業変革に伴走する。SAP「COO養成塾」事務局長。海外事例にも精通し、講演・執筆など多数。著書に「ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか」「Why Digital Matters? ~“なぜ”デジタルなのか」(プレジデント社)。白山工業株式会社 社外取締役。トラック輸送の最適化スタートアップ「合い積みネット」共同創業者。米国ライス大学にてMBA取得。
小野塚 征志/株式会社ローランド・ベルガー パートナー
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了後、富士総合研究所、みずほ情報総研を経て現職。
ロジスティクス/サプライチェーン分野を中心に、長期ビジョン、経営計画、成長戦略、新規事業開発、DX戦略、M&A戦略、構造改革、リスクマネジメントを始めとする多様なコンサルティングサービスを展開。
近著に、『ロジスティクス4.0』(日本経済新聞出版社)、『サプライウェブ』(日経BP)、『DXビジネスモデル』(インプレス)など。
小野塚:DXで儲けるためにはどのようなことが求められるのか。「D」デジタル化した上で「X」トランスフォーメーションし、いかに物流で価値を生んでいくのか、DXの方向性や価値創造にどれだけ広がりがあるのか――パネリストの皆様に具体例を紹介いただき、DXを進めていく上でのヒントを持ち帰っていただければと思います。
キーワードは「可視化」と「最適化」
デジタル技術を活用してトランスフォーメーションへ
道田:弊社が運用している貨物に果物や野菜・肉を運ぶ冷蔵冷凍コンテナがありまして、昨年これにIoTセンサーを付ける大規模な投資を行いました。温度や湿度を的確に管理してかつショックから守る、貴重な貨物の品質を担保する仕掛けを通して冷凍冷蔵貨物のサプライチェーンを支援する新しいバリューをお客様へ提供する試みです。万が一の事故発生時も、通常と異なるアラートが出たらクイックに行動を起こせるため、未然に対策を取ることが可能でクオリティを上げて担保することができます。どこで何が起きたかサプライチェーンの見える化を叶えた仕組みの一例です。
田村:今まさに2024年問題のど真ん中で、まずは「続けるDX」、明日も変わらず物をお届けできるかどうかが私たちの一番の関心事項です。DXは社内でも人によって理解が異なり伝えるのが非常に難しいので、シンプルに2つのことをお話します。1つは可視化を徹底すること。荷主企業は意外と可視化ができていない。荷主企業の物流担当の関心はやはりコストです。昨年の物流費と比較して今年は何%減少できたかを追求するのが従来の仕事でした。ところが今回物流法の改正もあり様々な義務が発生し、可視化はやらざるを得ない状況に。荷物貨物の割り当て、積載率、CO2排出量、配送ルート、センターの作業人数や業務内容の把握はこれまでどちらかというと物流会社さんに任せっきりでしたが、今後それでは通用しません。そして2つ目に可視化ができた次にやるべきことは、最適化です。物流を支えるリソースが足りない状況下で、足りないリソースを有効に配置し活用していく最適化は必須となり、そのためには可視化が前提となります。
例をお話すると、昨年「trucXing(トラクシング)」という三菱食品を中核としたトラック輸送ネットワークの空きスペースをシェアリングする物流サービスをローンチしました。地方の中小メーカーさんにおいては特に車が取れない・運べないという状況が多く出てきます。我々も仕入れができなければ困りますので、空きをシェアリングすることで効率的に物が運べればとサービス提供を開始。サプライチェーン全体の中にいるプレーヤーがWin-Winの関係になっていく、ここまで達して初めて「X」トランスフォーメーションまでいくのだろうと。まだまだ先は長い道のりですが千里の道は一歩から、スタートを切ったところです。
小野塚:余積シェアリングを使って三菱食品さんの物流をサステイナブルにするだけではなく中小メーカーさんはじめ関連事業者にとって積載率向上につなげるとともに、メーカーの輸送力不足の解消を支援する。まさに新しい価値を生み出しつつありますね。
村田:私どものSAPという会社はERPと呼ばれる基幹システムの会社として認識いただいている方も多いと思います。私はそちらの社員であるわけですが、もうひとつ別の顔がありまして尾張陸運の次期社長・伊藤さんと二人でベンチャー企業「合い積みネット」を起ち上げています。
積載率が全国平均で4割を切り、約6割が空いている昨今の状況下でそこに荷物をどう積むか。尾張陸連さんのトラックが東海エリアで通常配達している荷物、その余積部分に直接関係のない荷主さんの全く別の荷物を載せるという取り組みを行っています。デメリットはボトムアップで小規模スタートになるということ。尾張陸連さんはトラック200台ほどの会社ですが許容可能な荷物を合積みするのでスケーラブルという点では弱い。一方でメリットは元々自社で受けている2つの荷主の荷物を一気に載せるだけなので、運送会社一社から、道具や準備も不要で今すぐに始められる。もう一点、複数の荷主の荷物を同時に運ぶことで、ベースロード側で主なコストが賄われているため、合い積み荷物の売上のかなりの割合が利益として残るはずです。我々の試算だと少なくとも72%くらい利益になります。ベースロード側の荷主の方で例えば利率5%ほどだとしても合算すると売り上げは15%増に、利益は3倍、4倍になったりします。小規模ですがボトムアップ側の取り組みとしては非常に面白いのではないでしょうか。
(左)小野塚 征志氏/株式会社ローランド・ベルガー パートナー、(右)道田 賢一氏/Ocean Network Express, Digital Yield Management, Senior Vice President
従来のクローズ型から「オープン」なサプライチェーンを目指す
デジタル化の先の価値を生む「儲かる」ために必要なこと
小野塚:単なるデジタル化はすぐできますがその先、どのようにして価値を生んでいくのか。トランスフォーメーションを実現するためにどうやってそのハードルを乗り越えていくべきかあるいは乗り越えようとしているのか。皆様にコメントを頂戴できればと思います。
田村:実は人間の思い込みがかなりの阻害要因になっているのではないでしょうか。これまでの物流は部分最適の積み重ねで作られているケースが大きかった。我々は全国に300ヵ所以上の在庫拠点がありますが、どうしてこんなに数があるのかというと温度帯やカテゴリー別にバラバラに存在し同県同市内・複数のセンターごとにサプライチェーンが作られているのです。それぞれが小さな部分最適で進めているため、たとえ社内であってもうまく共有がなされず横で話ができていなかったということは起こりがちです。ましてや社外の場合は現実問題、人間の心理としてライバルと組むのは怖いという気持ちや抵抗感が働くのではないかと。
ただし、今現在そんなことを言っている場合ではない状況にあります。閉じたサプライチェーンからオープンなサプライチェーンへ――少しだけ物の考え方を変えるだけで無駄はものすごく減少し、結果的に儲かる。意識の転換が一番大切なことだと思います。
小野塚:まずはデジタルでトライしてみる、まさにDXならではのポイントだと思いますが三菱食品さんは様々なスタートアップさんとお付き合いがあるとお伺いしましたが、こうしたデジタルツールは人間の発想を飛び越える上でやはり役立ちますか。
田村:全くその通りです。物流のアクティビティを全てデータ化し数字にしていきたい。共同物流は過去にも例がありますが人間が気づく範囲での共同化はもうやり尽くしてきた訳です。後は人間の脳が思いつかないようなデータとデータをマッチングすることでAIに考えもらう、空きスペースと運びたい荷物のマッチングも劇的に進むのではと期待を持っています。データ物流やデータドリブンに舵を切れれば物流の在り方もだいぶ変わってくるのでは。
村田:現在、合積みネットでは富士通さんと協業して、翌日の「トラックの移動」と「空きキャパシティ」を見える化しています。ベースロードの配車計画が立ってから合積み側の荷物を載せていくのですが、正直人間が実際に見て判断して載せるなんて所詮無理な話でソフトウェアなら勝手にシステムに組み込んでくれて配車も一発です。配車担当者も互いの配車状況がシステムで見えるようになると、自分たちが動かしているのはトラックという1個の箱だと気がつく。順番に回ってくる物理的な箱を動かしていると思えば、空いていたらもったいないというフィジカルなイメージを持ちやすくなります。
小野塚:国ではフィジカルインターネット構想がまさに進められています。複数荷主の貨物を1台のトラックで運べるようにする、特定の公回線を誰かが占有するのではなくパケットで共有して運べるようになったら便利だという発想で様々な取り組みが進行中です。フィジカルインターネット実現会議で理想とされたのが、海上コンテナです。あれほど世界で標準化が進んでいるものはなく、レゴブロックのように組み立てればいい。ある意味、デジタルロジスティックスが一番進んでいるのは、コンテナ物流ではと思うのですが、最先端のコンテナ物流においてその先にある未来はどのように進んでいくのでしょうか。
道田:船が入る約3週間前からコンテナのブッキング予約がお客様から入ります。ブッキングが入り続ければ問題ないのですが、諸般の事情により突然キャンセルが入ることも。この業界特有ですがキャンセレーションフィーという概念があまり浸透しておらず、割と簡単にキャンセルが起こりえます。我々はオーバーフローせず、限られたスペースをどこまでいっぱいにできるかをビジネスにしていますので、営業が顧客に出荷計画を伺い予測を立てる。が、やはり当然ながら予測は外れてしまうことも。そこで顧客の情報や船の状況、個々のブッキングパターンを集約してマシンラーニングのモデルを半年かけて試作しました。効果てきめんだったのは人が予測したものよりもロジックで予測したほうがほとんどのケースで勝つんです。もちろん最後は人が判断して決めますが、活用方法次第ではより違ったバリューを出せる可能性を秘めている分野かなと感じています。
(左)田村 幸士氏/三菱食品株式会社 取締役常務執行役員 SCM統括、(右)村田 聡一郎氏/SAPジャパン株式会社 コーポレート・トランスフォーメーション ディレクター
物流会社だけではなく、業界全体のDX化が重要に
落ちている金を見つける=データドリブン経営がより最適な未来を照らす
小野塚:他の産業と決定的に異なる物流の難しさというか面白さは、多面的に繋がりがあるということだと思います。物流会社や物流を取り巻く会社のDXはもちろん重要ですが、業界全体のDXが大事になります。「X」という観点からは様々なM&Aが発生し業界自体のトランスフォーメーションがデジタルに関係ないところでも進もうとしているのかなと。食品物流や食品サプライチェーンはどのようなDXが進んでいきそうでしょうか。
田村:食品流通の業界は2024年問題対応でも共同してガイドラインを作ったり、長時間トラックの入庫問題など課題に対する取り組みを一緒に検討したりと業界全体としてはまとまって進めているほうだと思います。一方で、まだできていないことも多い。食品の特性上、SKUと改廃が非常に多く、例えばマイナーチェンジで出てくるお菓子など見た目は同じだけどコードは違う。このマスターデータの管理はかなり手間がかかるので、今後どのように共同でやっていくのか。基本中の基本ですがまだまだ業界として着手できていないのが現状です。
もう一点、消費者の動向が読めない難しさもあります。スーパーマーケットで特売のチラシがありますが「これが安い!」と出した途端にやはり売上跳ね上がります。何をどれだけ安くしたらどのくらい売れるのか、人間の行動を先読みする予測が至難の業です。でもそこまでいかないと本当の意味で消費者も満足しないし、サプライチェーンの上流側も無駄や不効率がない状況を作れない。これからの新しい技術でどこまで実現していけるのか、取り組むべき課題だと思っています。
小野塚:長い目で見ればデジタルの得意とする分野かもしれません。人間の野生の勘よりもデータドリブン経営がより最適な未来を照らし出すというのは想像に難くないような気がします。
田村:もっとテクノロジーを信じましょうと言いたいですね。この世の中に海上コンテナが登場したのが1960年代。日本に最初のコンテナ船が入ったのが1967年、ということは約半世紀の出来事です。物流の標準形になっているバーコードはもっと最近です。これからのデータドリブンという技術が進歩したら真っ先に取り込んでいく先端業界になりうるのが物流業界だという風に期待しています。
道田:未来の方向性について我々として一番大事なポイントはお客様のためにどのようなサービスを行っていくかということです。そこでデータの活用がやはり大きな鍵になります。コンテナが標準化されているがゆえ恩恵を被っているのは事実ですが、そこに甘んじることなくさらにもう一歩進化してデータの標準化が実現すれば次のバリューを生む源泉となりえます。
村田:今日のテーマの「儲かる物流DX」については、私は落ちている金を拾うことと言っています。新しい事業をイチから考えることは多大な労力を伴い、追加でコストをかけるのも大変です。業界によって異なりますが、要はどこに金が落ちているのか探すのが一番の早道です。合積みネットの場合はトラックの空きスペースが落ちている金に見えるわけですね。当社のERPは企業の基幹システムであり人・モノ・カネの管理システムと言われていますが、要は人・モノ・カネが落ちている金です。どこに金が落ちているのかを見つけて改善しようというのがERPと会社がやっていることであり、データの共通化という点では自社だけではなく他社とのトランザクションの間でも見つけにかかろうとしている。ポイントはどこに金が落ちているのかを見つけることで、これは会社や業態によって異なります。今きちんと把握しておかないと無駄な方向に頑張ってしまうことも起こりえます。
小野塚:ありがとうございます。空気を運ぶ現在の状況はまさに落ちている金ですよね。空気を運ばないためにはどうすればよいのか。それ以外の落ちている金をぜひ皆さんに見つけていただければと思います。最後にこの落ちているお金の拾い方=データドリブントランスフォーメーションの進め方について一言ずついただけますでしょうか。
道田:目先のところで取れるクイックウィンは必ずどこかに転がっているはずなので見つけ出すこと、小さな成功が次のステップの懸け橋になります。
田村:とにかく科学の力を信じましょう。物流をもっと科学やデータに繋げていきたい、ロボティックスでも機械でもいいですが、まだまだ余地があると思います。
村田:キーワードはやはり人出不足かと。今人が抱えている仕事をデジタルに投げる、これが今一番手前に落ちている金だと思います。
小野塚:この作業は人間でなければできないという思い込みをまずは捨てること。これがもしかしたらお金を発見しやすいポイント=データドリブントランスフォーメーションを見つける上でのポイントなのかもしれません。この作業は本当に人がやるべきか、むしろデジタル技術に頼るべきか、棚卸をしていただくことが業界DXの第一歩に繋がるのではないでしょうか。