この記事は、2024年5月17日に開催された「Logistics DX SUMMIT 2024 キックオフ」の「【特別セッション】貿易プラットフォームの未来」のセッションレポートです。経済産業省の吉川氏、国土交通省の仙崎氏の講演に加え、株式会社Shippio 代表取締役CEOの佐藤氏との対談内容を中心に構成されています。
登壇者
吉川 尚文/経済産業省 貿易経済協力局 貿易振興課長
1997年に通商産業省に入省以降、消費者政策、資源燃料政策、資源循環経済政策、プラント・インフラ海外展開政策等に取り組む。在外公館(スペイン、英国)、NEXI、財務省等への出向を経て、2021年8月より欧州課長、2023年7月より現職。貿易振興課長として、貿易手続デジタル化、インフラシステムの海外展開、中堅中小企業の海外展開等を担当している。貿易手続デジタル化の分野においては、「貿易プラットフォームの利活用推進に向けた検討会」の事務局を務めるなど、貿易プラットフォームの普及や貿易DXの推進に尽力している。
仙崎 達治/国土交通省 港湾局 サイバーポート推進室 次長
1997年に運輸省(現国土交通省)に入省。港湾局、航空局、内閣府、地方整備局などで交通インフラ整備政策に取り組む。IT分野については、2007年に通信会社への出向経験を経て、2018年より内閣官房IT総合戦略室(現デジタル庁)にてサイバーポートのプロジェクト立ち上げに従事し、以来、みなと総合研究財団、港湾局サイバーポート推進室で、サイバーポートを推進。
佐藤 孝徳/株式会社Shippio 代表取締役CEO
新卒で三井物産株式会社に入社。原油マーケティング・トレーディング業務、企業投資部でスタートアップ投資業務などを経て、中国総代表室(北京)で中国戦略全般の企画・推進に携わる。2016年6月、国際物流のスタートアップ「株式会社Shippio」を創業。国際物流領域のデジタル化を推進、業界のアップデートに取り組んでいる。
貿易デジタル化推進に向けた政府・経済産業省の取り組み
課題と施策
吉川:貿易デジタル化推進について、具体的な取り組みについてお話させていただきます。目標は高効率なサプライチェーン構築に向けた、貿易手続きのデジタル化です。これまで多くの貿易業務は紙書類・手作業が中心となっており、業務は煩雑化。書類作成、提出、審査に多くの工数が割かれ金銭・時間的コストが増大する傾向にありました。また有事が発生した際のサプライチェーン耐性は低耐性と言わざるを得ず、輸送貨物の最新情報の把握や遅延の予測が困難で、リサーチ手段も人海戦術ありき。貿易プラットフォーム(以下、貿易PFを通じて貿易データを共有・活用が実現すれば大量の書類作成・管理にかかるコストは約5割が低減、書類到着の遅れによる貨物保管延滞リスクの回避にも繋がります。かつ本船動静や通関状況、グローバル規模での在庫状況等をリアルタイムで把握、代替輸送ルートの確保効率化やサプライチェーンの可視化によって経済安保への効率的な対応が可能となります。
経済産業省としては大きく分けて3点、取り組んでいます。1点目は貿易PFと接続するユーザーの拡大です。ユーザーからは初期導入コストがかかること、効果が出るまで時間を要するので導入に踏み切りにくいという声がある一方で、貿易PFに接続するユーザーが一定数を超えないと効果が出にくい。そこで「貿易プラットフォームの利活用促進に向けた検討会」を開催、プラットフォーム利用料の一部補助(令和6年度予算額5.9億円)を行っています。2点目は貿易分野データ連携の実現・拡大です。貿易データの項目が各国・起業でバラバラだと貿易PF間の連携が困難になります。日本企業からのデータ項目追加要望を国際標準機関へ出した上で、国際基準を踏まえた日本企業向けのガイドラインの策定・普及を推進しています。3点目は貿易相手国との連携です。ASEANをはじめとした各国と貿易手続きデジタル化推進に向けて、ロードマップの制定や公表を行っています。
令和6年度の予算額5.9億円については、貿易PFの利用拡大と国際標準規格の実装・普及を目的に確保しています。具体的には①貿易PFと利用企業社内システムとの連携構築補助(システム連携にかかる費用を補助する)、②貿易PFの活用による貿易手続きデジタル化実証に対する補助(試用運転によるデジタル化と貿易コスト削減の効果検証)、③貿易PF間の連携構築補助(連携するためえのシステムインターフェイーズの開発等)となります。
貿易PFの利活用推進に向けた検討会については秋からすでに3回開催。荷主企業、貿易PF事業者、国で対応していくべき事項を整理した中間報告書を公表し、令和6年7月までに各省庁のアクションプランを作成することで関係省庁と合意しています。中間とりまとめの概要を簡単にご紹介させていただきます。
中間とりまとめ①~荷主企業の課題と方向性
バックオフィス業務として捉えられてしまうことから費用対効果の算出に着手していない、社内他事業と比べて優先順位が下がるため、取り組みの進捗が遅い傾向に。課題としては既存の社内システムとの接続にかかる負荷業務や業務プロセスの整理、初期導入費用、経営層へのデジタル化に対する理解深度、開発コストや人材不足といった問題の克服が求められます。方向性としては社内横断的に貿易手続きのデジタル化に取り組む体制の構築、貿易PFを活用した実証による効果測定、先進事例の創出、データの積極的活用、社内や取引先への貿易デジタル化の認知度向上に取り組んでいく必要があると考えています。
中間とりまとめ②~貿易PF提供事業者の課題と方向性
コスト・システム連携の面において、ユーザーにとって貿易PFの導入ハードルが高いことがまず一番の課題です。貿易PF同士や船会社の連携も十分でないため、業務の非効率化、接続コストが二重三重になるのでは…といった懸念の声も聞かれます。さらにLCや保険証券、原産地証明書について貿易PFを通じて取得するシステムが確立しておらず、紙で取得する状況が続いています。デジタル化への道筋としては、ユーザーが導入しやすいサービス仕様の設計を作ること。貿易PF提供事業者間や船会社、物流事業者との連携強化を行い加えて貿易決済や保険のデジタル化機能の提供もユーザー拡大には欠かせません。
中間とりまとめ③~国の課題と方向性
国においては、電子船荷証券が法制度化されていない、通関手続きや港湾手続きにおいて紙の対応が残っている、原産地証明証のデジタル化が認められている貿易相手国が限定的といった問題があります。主に紙で行われている貿易文書・手続きについてはデジタル化に向けてルール整備と活用推進が急務です。貿易PFの導入にあたってはコストが高い=国の支援が必須、そもそも貿易PFの認知度が低いという課題も。そのため荷主企業やフォワーダー事業者双方の貿易PF参画が必要なところ、十分に進んでいない現実があります。貿易PFの認知度向上と貿易手続きデジタル化の重要性周知から導入支援・促進を行い、合わせて貿易データの連携とセキュリティ対策の検討も求められます。
貿易デジタル化を実現するためには、荷主企業・貿易PF提供事業者・国をはじめ貿易に携わる全ての関係者がデジタル化を「今を転機として優先して取り組むべき分野」と捉えて主体性を持って進めていく必要があります。5年後の令和10年度までにデジタル化された貿易取引の割合を10%(年間約3000億円のコスト削減効果)とすることを共通目標とし、関係省庁とともにアクションプランを作成し、定期的にフォローアップ会議を開催。取り組み状況を共有しながら進捗を適宜確認していくことが今後のステップとなります。
国土交通省・サイバーポートについて
仙崎:サイバーポートを国土交通省が推進する背景についてお話したいと思います。世界では港湾周りの電子化が進展している中、日本では電子化の範囲が限定的です。2018年の港湾局調査ではコンテナ物流手続きの約5割が紙・電話・メール等のアナログな手法となっており民間に委ねるだけでは進展が難しいのが現状です。さらに今まさに2024年問題の渦中におり港湾労働者数の減少傾向も課題となってきます(2019年~2040年までに約1.1~1.2万人減少すると試算)。岸壁や防波堤等のフィジカル空間の共通インフラと一体的に、サイバー空間の情報インフラとして「サイバーポート」を提供することで、港湾全体の生産性向上を強化、国際競争力の向上や物流の持続可能性確保を図ることが大切です。
サイバーポートの概要と目指す姿
サイバーポートを介して港湾物流に関わる全ての関係者・システムを繋ぐことで全体最適化することが目指すべき姿です。対象手続きは民間事業者間のコンテナ物流手続きで、対象事業者は荷主、船会社、フォワーダー、通関業者等、コンテナ物流に関わる全ての方が対象となります。利用方法はブラウザ利用で自社システム等のAPI連携も可能。現在稼働4年目で2026年3月までは無料、2026年4月~6600円(一社あたり月額)となります。
サイバーポートの効果
民間事業者間のコンテナ物流手続きを電子化することで「業務効率化」と「手続可視化」を図り生産性向上を実現するためのデータプラットフォームです。現状の情報伝達における課題は、紙による再入力や照合作業、問い合わせが発生することで潜在コスト増加や業務の渋滞発生を招いてしまうことです。データ連携により短期的には実務作業の工数削減、状況確認の円滑化を目指し、長期的効果としてはデータ分析に基づく戦略的な港湾政策立案や蓄積された情報とAI活用等により新たなサービスの創出が可能となります。
幅広く多くの事業者に利用いただき2024年5月1日現在、導入企業数は699社、事業種別の数は993社に上ります。導入事例としては社内部署間連携+NACCS連携、自社通関等です。グレーの部分はデジタルで繋がっていないため、Shippioさんのような民間事業者や経済産業省の助成金を使うなど、全体としてDX化が実現する仕組みを考えていきたいと思います。
Shippioサービスについて
佐藤: Shippioは「理想の物流体験を社会に実装する」をミッションに掲げ、貿易・国際物流にフォーカスを置いたスタートアップです。Shippioクラウドサービスは案件管理から本船動静や書類管理、社内コミュニケーションまで貿易実務をより効果的にサポートする貿易プラットフォームで、物流・オペレーションも含めた「デジタルフォワーディング」と従来のフォワーダーとの貨物に対してもクラウドサービスの利用が可能な「Any Cargo」、2つのサービス展開を行っております。国際物流におけるカーゴステータスや業務進捗、輸送データの可視化が可能で規模や商材の異なる多彩なお客様から利用いただいております。
Shippioの特長①本船動静情報の自動取得・共有
出港予定日(ETD)・入港予定日(ETA)等の本船動静情報が自動更新されるため、船会社ホームぺージ等での確認が不要で、業務効率化が実現可能に。本船動静のトラッキング精度には多くのお客様から非常に高い評価を得ております。
Shippioの特長②リアルタイムでの情報共有
社内外関係者間でそれぞれが正確な最新情報にアクセスすることで、柔軟かつスピーディな業務遂行が可能となります。荷主だけではなく、フォワーダー・乙仲などの物流事業者もShippioクラウドサービスを利活用することにより、クラウド上での貿易案件情報の一元管理を実現。大幅なコミュニケーション工数の削減が叶います。
Shippioの特長③輸送データ活用によるサプライチェーンの最適化
データの蓄積・分析・活用をワンストップで提供することによってサプライチェーンの最適化を実現することが可能です。
パネルディスカッション
検討会中間とりまとめのアクションプランについて
吉川:関係省庁とコミュニケーションを取りながら各省庁のアクションプランを作成、今まさに進めている状況です。紙とデジタルのダブルトラッキング構造の効率がとにかく悪い、と検討会でも荷主企業様より声がありましたが、法律が絡む問題は国会を通さねばならず、一歩一歩地道な作業が続いています。5年後の令和10年度までに貿易取引のデジタル化割合10%を共通目標に掲げておりますが、これがある程度定着するまでは関係企業にとっても一歩踏み出すことがなかなか難しい。経済産業省の予算も積極的に活用していただき、成功事例を少しずつ増やしていけたらと考えています。また、荷主企業、物流業者間でどちらが主体的に導入すべきか、にらめっこ状態にあることも膠着している一因にあります。国が直接的に介入するのは難しいのですが、どちらか一方が負荷を負うのではなく確実に双方にメリットがあることなので、共同して進めていく道を模索していただけたらと。
ASEANを中心とした貿易相手国についてもデジタル化が遅れている側面があります。国内だけではなく、対外的にも成功事例を導入しながらDX化推進を促していく必要があります。
仙崎:国土交通省のサイバーポートについて、現登録者は貿易手続きを担うフォワーダー、通関業者様が一つ大きな塊となっています。一方で、関係者が多い物流業務において手続きを担う側だけが導入しても情報は円滑に流れていきません。荷主企業等、多くの関係者に貿易DXの枠組みに入っていただくことが進めるための大きなポイントだと思います。
導入支援についても港単位で仕組みに参画する、企業間同士での導入を検討している等、まとまり感のあるデジタル推進が可能なケースへ積極的に行い、かつ機能改善のリソースにも注力していきたい。利用拡大と機能改善の好循環に繋げてサイバーポートを核とした港湾物流DXを広げていけたらと考えています。Shippioさんをはじめ、それぞれのプラットフォーム同士が複数連携して全体としてデジタルで繋がっていけたらと。
佐藤:民間のプラットフォーム開発・提供事業者として多くの企業様と会話を続けております。そんな中で越えなければいけないハードルとして、今まさに貿易DXの過渡期であることをどのように啓蒙していくかに尽きるかなと感じています。紙とデジタルのダブル構造問題や複数のプラットフォームの利活用相談も多々ありますが、まずはDXに向けた過渡期であることを官民連携して徹底して発信していくことです。例えば、今では一般化した電子署名は、4~5年前、銀行とのやりとり時に電子署名+書面というように紙とデジタルのハイブリッド運用になっていた。現在では電子署名において別途紙の書面で送付することはほぼありません。これがまさに過渡期を乗り越えてきたということ。
我々が進めたい貿易プラットフォームの利活用は、過渡期にいるユーザーに対していかにしてメリットを出していくのか――弊社は開発が強みのため使いやすいシステムで、かつユーザーのアプリケーションやインターフェイスについて貢献していけるのではと思います。サイバーポートはじめ国のシステムと互いに強みを発揮して、民間の連携を強化したい。この1~2年はともに過渡期を乗り越えていくことが、我々の使命だと感じています。
思い描く、貿易プラットフォームの未来について
吉川:貿易プラットフォーム化の重要性を認識している企業の皆様にはぜひ、躊躇せずに実行に移していただきたいです。経済産業省もサポートしていきますので、よい意味で国を使っていただけたら。過渡期がキーワードと佐藤社長からもありましたが、貿易PFの利用拡大と国際標準規格の実装・普及を目的に予算5.9億円を確保しておりますので、過渡期の今こそ活用して成功体験を得ていただければと思います。
仙崎:まさに過渡期、この1~2年が勝負だと感じています。国土交通省のサイバーポートは2026年3月までは無料で利用可能です。ぜひとも無料期間の今こそ、参加いただきたい。実際に使っていただきメリットを体感して、有料化した後も業務効率化と手続可視化を図り生産性向上を実現するためのツールとして利活用いただければと。
佐藤:貿易DXあるいは国際物流のDX・プラットフォーム化が熱量を持って進行中であるということをまずは知っていただきたいです。特に経済産業省の貿易プラットフォーム利活用に向けた検討会の中間報告書は非常に価値のある内容になっていますので目を通していただければ。グローバルな競争力を考えても今やるべき問題です。我々も民間のプラットフォーム事業者として国のサイバーポートはじめ関係者一体となって、皆様にとって使いやすい・乗りやすいプラットフォームづくりを進めていきます。