産業のDXを実現させるには、企業や業界、国境を超えたデータの共有・活用を、官民で連携しながら推進させる必要があります。しかしこれまでは分野横断した連携が取れず、知識や情報の共有が不十分という課題がありました。
政府はサプライチェーンに関するDX政策について、どのような施策を敷いているのでしょうか。ロジスティクスと国のインフラの関連性を交え、背景となる社会課題から最新の取り組みまで、経済産業省アーキテクチャ戦略企画室室長の和泉 憲明氏をお招きし、お話を伺いました。
このセッションは、2023年8月8日に開催した「Logistics DX SUMMIT スピンオフ 2023 summer ~ロジスティクスを経営戦略の中核に~」の「【基調講演】サプライチェーンDXに向けた政府の取り組み」と題して行ったセッションのイベントレポートです。
登壇者プロフィール
和泉 憲明/経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室 室長
静岡大学情報学部 助手、産業技術総合研究所(産総研)サイバーアシスト研究センター・研究員、産総研・情報技術研究部門・上級主任研究員などを経て平成29年8月より経済産業省商務情報政策局情報産業課企画官、令和2年7月より現職。ソフトウェア・情報サービス戦略室、デジタル高度化推進室(DX推進室)を兼務。博士(工学)(慶應義塾大学)。その他、これまで、東京大学大学院・非常勤講師、北陸先端科学技術大学院大学・非常勤講師、大阪府立大学・文書解析・知識科学研究所・研究員、先端IT活用推進コンソーシアム(AITC)顧問などを兼務。
サプライチェーンDXのためのウラノス・エコシステム
グローバル競争が激化する時代
近年、カーボンニュートラル(※1)やサーキュラーエコノミー(※2)などの社会課題や、災害やパンデミックなどによるサプライチェーンの断絶などの経済課題が頻出し、顧客ニーズの多様化やグローバル競争が顕在化しています。
アメリカではメガプラットフォーマー(GAFAM)がツー・サイド・プラットフォーム(※3)によるネットワーク効果で市場の寡占(※4)を目指して競争を激化しています。一方で、欧州ではそのメガプラットフォーマーに対抗し、官主導で域内企業に有利なデータ主権に関するルールメイキングを行うため、自律分散型データ連携を推進するなど、デジタル領域でのグローバル競争は一層激化しています。
このような社会情勢の中で、日本政府が官民連携で目指すべき世界観は、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合することで政策や産業の縦割りを排除した社会「Society5.0(ソサイエティ5.0)」を実現し、人間中心で社会課題の解決と産業発展を同時に実現することです。経済産業省は経団連等と連携し、官民連携で「Society5.0」の実現を目的として、さまざまな施策に取り組んでいます。
※1 地球上の温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させ、全体としてゼロにすること
※2 廃棄物をなくし、資源を循環させ、自然を再生するための循環型の経済システム
※3 提携関係を結んだ2種類のユーザーグループ(ショップと消費者など)に、取引を促すための環境とルールを提供して取引を成立させるシステムのこと
※4 かせん。少数の企業が生産や販売市場を支配している状態
グローバル競争に対する3つの経営課題
グローバル競争の激化に伴った各国の対策が、日本企業の経営課題に波及する恐れも出てきました。
例えば欧州電池規制では、サプライチェーン全体のGHG排出量を把握しないとEU域内で車載用蓄電池の販売ができなくなる「売れない」リスクや、有事の影響で必要部品の調達が困難になり、 製品製造が難しくなる可能性が高まる「買えない」リスク、また、サプライチェーン上の取引履歴や原材料の営業秘密を含むデータ提出が求められる「覗かれる」リスクも考えられます。
こうした3つの「売れない」「買えない」「覗かれる」リスクに対し、企業のデータ主権を守りつつ、企業を跨ぐデータの共有・活用により経営リスクを回避させ、グローバル市場で日本の製品・サービスが広く浸透するような、企業競争力強化の仕組みを構築する必要があります。
業界に横串を通すウラノス・エコシステム
企業競争力強化の仕組みを構築するためには各々の業種業態で完結するのではなく、業界に横串を通してエコシステムを構築しようと誕生したのが、データ連携基盤をキーにした「Ouranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)」です。ウラノス・エコシステムは、官民連携・企業間連携で取り組むエコシステムの総称で、政府は全面的にこれを支援し、社会実装・普及に努めています。
データ連携の仕組みに関する技術仕様等は、IPA(情報処理推進機構)に設置したDADC(デジタルアーキテクチャ・デザインセンター)にエキスパートを集め、検討を進めています。システムを組む方向性や、どのような変革をすべきかの意思決定をIPAで行い、政府は官民連携の優れたアイデアに対して、しっかりと予算をつけていきます。
日本は世界の動きに対して、Data Free Flow with Trust(DFFT)を軸に、信頼性のある自由なデータ流通の確立を目指し、国際的にリードしています。
米国や欧州、中国含むアジアに対して、政府間対話レベル、業界団体間交流レベル、そして民間主導の技術対話レベルに分けて政策にし、取り組んでいます。その官民連携のデータ連携・システム連携基盤として、「ウラノス・エコシステム」を位置づけています。
DX推進に関する課題とデジタル変革の方向性
変革の全体像を理解する
政府の政策や企業の経営戦略に、デジタルという大きな変革を正確に反映させるのは、大変難しいことです。ここで重要なのは、社会全体のDX推進に関する方向性を明確にすることです。
デジタルは100年に一度の大変革と言われ、明治維新や産業革命に例えられます。それほど、先例のない変革です。大切なのは、何を起点と捉えた未来像を描くか、という点です。例えるなら、東海道や中山道の往来だけを見て「俺たちの未来は、中山道を舗装することだ」と狭い視野にならないことです。
現場に詳しい人ほど、課題を具体かつ詳細に語るため、「中山道を走っている飛脚はこんなに困っている」「カゴ屋はこんなに苦労している」「乗り心地はこんなに悪い」など、現状起きている現場の課題を起点として「今できること」に検討範囲をすり替えてしまいます。
北斗七星アプローチ
社会・産業の未来像に関する観測方法として、正確に方向性を見極めて「あちらが北だ」と明言することは難しいですが、大まかな方向性を見出すことは可能だと考えます。これを「北斗七星アプローチ」と呼んでいます。
例えば明治時代に、物流、あるいは自動車産業の未来の方向性を正確に明言することは難しかったと思いますが、敷設される鉄道や高速道路からイメージして、競争力のある物流産業や自動車産業の未来を想定することはできたと思います。ドイツは速度無制限道路のアウトバーンを敷設し、その結果、高価格帯の自動車の市場を寡占しています。先端技術の動向に基づいて、政府が社会インフラの仕組みを戦略的に整えると、健全な競争環境が敷かれ、強い産業が育つということが実証されています。
つまり、目的起点で競争領域・協調領域を設定することが、デジタル時代におけるアーキテクチャ設計のポイントだと考えています。
デジタル時代のアーキテクチャ設計
アーキテクチャ思考とは、インフラ起点のシステム思考とデザイン思考を駆使し、政府が社会インフラにしっかり投資をして強い産業をつくる、という考え方です。
例えば、既存の物流やサプライチェーンのプロセス・ワークフローに、ITシステムを導入することで効率化を図る従来通りの考え方だと、ITシステムの費用だけでなく、人件費までもコスト効率化の対象となります。これは、コスト競争を主眼に置くことで起こる重商主義という現象です。
目指すべきは、サイバー空間においてデジタル完結を可能とすることで、フィジカル空間(既存のビジネス)の無駄を可視化し、DX推進を加速させることです。その際、データ活用によって、経営戦略や経営判断を高度化させることが本質です。フィジカル空間での判断がAIなどに代替されることにより、より高付加価値な活動へ、経営基盤を移行できると考えています。
デジタルライフラインで効率化する移動
地方の高齢者が、病院へ行くためにバスに乗るとします。病院で処方される処方箋を持ち、またバスに乗って薬局まで移動します。もちろん、帰宅するにもバスで移動します。つまり1回の受診のために、バスに3回乗る必要があります。加えて利用率が低いという理由から、地方のバスは便数を減らしているため、乗り継ぎが上手くいかないと、平気で1時間ほどのタイムラグが発生します。通院するためだけに、半日以上の時間ロスが生まれることもあります。
これをデジタルインフラで刷新した未来では、高精細な画像によるオンライン診療を実施することで、病院へ移動する必要がなくなります。さらに、処方データを病院から薬局へ送信し、補助等の処理や支払いも全て最適化すれば、患者が自ら薬局へ足を運ぶ必要もなくなります。つまり、3回乗り継ぐことによる物流・人流コストを削減でき、薬だけを動かす効率的な世界が実現します。これが目指すべきデジタルインフラによる物流・人流の効率化だと考えています。
物流サービスの本質的な課題は、人の介在が必要にも関わらず、人手が不足していることです。地方では配送効率が悪いため、荷物がある程度集まるまで待ちます。一方、都市では物流需要がひっ迫し、人手が追い付かないため遅延が発生します。省人化により、可能な限り人の介在を減らし、サービスレベルを維持・向上する必要に迫られています。
デジタルを前提として社会インフラの整備を行い、AIやロボットが利用可能となるような技術基盤やルール整備が重要です。AIや自立移動ロボットが前提の人間中心の社会が、目指すべきこれからのデジタルインフラと、物流・人流のあり方ではないでしょうか。これらをどのように全国規模に拡大させていくかを考えるのが、デジタルライフラインです。
DX推進の政策展開
デジタルライフライン全国総合整備計画
政府は、2021年に「デジタル田園都市国家構想」を発表しました。これは、デジタル実装を通じて地方が直面している人口の減少や少子高齢化、過疎化、産業の衰退などの社会課題を解決し、地方と都市の差を縮めていく構想です。誰一人として取り残されず、すべての人がデジタル化のメリットを享受でき、心豊かな暮らしを実現することを目指しています。
2023年3月に、「第12回デジタル田園都市国家構想実現会議」が開かれました。デジタル技術や自動運転などによって、どのように地方の生活が向上していくのか、あるいは公民館や道の駅がデジタルでどのように進化していくのかが話され、10年計画に基づいて推進していく方針が提示されました。
アーリーハーベストプロジェクト
その中に、短期的に結果を出していく「アーリーハーベスト(Early Harvest、早期実施)プロジェクト」についても説明がありました。以下3つの政策は、官民で集中的に大規模な投資を行い、それぞれ2024年度からの実装を目指しています。
【ドローン航路】
どこでも自由に飛行できるドローンの可能性を拡大するために、ドローンにおいても高速道路のような航路の設定が、利便性と社会受容性の向上を図るためには必要です。2024年度までに、埼玉県秩父エリアの送電網等において150km以上の航路を設定して利用開始を目指します。
【自動運転支援道】
同じく2024年度を目途に、新東名高速道の一部区間において、100㎞ほどの自動運転車用レーンを設定し、人材不足の課題解決のために自動運転トラック運行の実現を目指します。
【インフラ管理のDX】
地中には水道管やガス管などが無数に張り巡らされていますが、その全体像を正確には把握できていません。そのため水道管が破裂した場合は、紙の書類を頼りに周辺の配管を確認しながら補修作業を進めます。この地中の配管状況を、デジタルツイン(※5)で構築するのがインフラ管理のDXです。関東地方の都市(200km2)で地下の通信、電力、ガス、水道の管路に関する空間情報をデジタル化して、空間ID・空間情報基盤を介して相互に共有できることを目指します。これが構築されると、災害時のインフラ復旧も今より効率が上がると期待されています。
自動運転車やドローン、AI等を最大限に活用できる地域を全国に広げていくことで、働き手はより生産性の高い仕事に従事することができるようになり、賃金の向上にも繋がると考えています。
※5 デジタルツイン(DigitalTwin)とは、現実の世界から収集した、さまざまなデータを、まるで双子であるかのように、コンピュータ上で再現する技術のこと
点と線、面で考える人流・物流の最適化
一足飛びにデジタルライフラインは整備できないので、まずは点を描き、その点と点をつないで線とし、最後は面とする計画的なインフラ整備が必要です。
まずはデジタルな"公民館"のような、高齢者から若者まで全員がデジタルを活用しながら、交流・活動する拠点「コミュニティセンター2.0」を整備し、行政サービスやリモートアクセスの拠点とします。平常時はもちろん、非常時のサービスアクセスの拠点となるようにインフラも整え、スマートモビリティを整備します。これが、点です。
点と点を結ぶように、コミュニティセンター2.0間をネットワーク化して、人流・物流・ロジスティクス、サービスや自動運転車の専用道をつないでいく拠点「ターミナル2.0」を整備します。例えるならデジタルの"道の駅"で、陸空のさまざまなモビリティが、人の乗換や荷物の積替・駐車・充電を行う拠点とします。
そしてターミナル2.0間を、ドローン航路や自動運転支援道などの専用道で整備をして、より多頻度、高密度でつなぐことを考えています。サイバー空間とフィジカル空間は、データ基盤やスマートポール(※6)で接続して、ニーズに応じて各種センサーを自在に組み合わせ、共同で利活用することを目指しています。
これらにより、単純に人流・物流の効率を良くすることを目指すのではなく、デジタルの力で引き算していくことで、本当に今すぐに運ばなくてはいけないものを即時に運ぶ世界を目指しています。これがサプライチェーンやモノの取引情報の可視化から考える、人流・物流の最適化です。
※6 通信基地局やWi-Fi、街路灯やサイネージなどを搭載した多機能ポールのこと
将来ビジョンからバックキャストする
単純に物流効率を良くしていくだけだと、根本の解決にはなりません。サプライチェーンの情報共有を使いながら、本当に即時が必要な移動に絞る、あるいは最短距離で移動させることがポイントだと考えます。
将来ビジョンからバックキャスト(※7)して取り組みを検討することが重要だと思います。この検討を具体的な政策として推進するため、欧州のデータ連携であるGaia-X(※8)やCatena-X(※9)への対抗軸も提示して、日本での官民連携スキーム「ウラノス・エコシステム」を打ち立てています。つまり、あるべきサプライチェーンから続くロジスティクスの未来を議論し合い、政府は「ウラノス・エコシステム」のスキームでそれを支える世界を目指していきたいと考えています。
※7 最初に目標とする未来像を描き、次にその未来像を実現するための道筋を未来から現在へさかのぼって記述するシナリオ作成手法のこと
※8 欧州で進められている統合データ基盤構築プロジェクトのこと
※9 Gaia-X のデータエコシステムの1つとして、自動車業界におけるサプライチェーン間のデータ連携を目的に発足されたプロジェクトのこと
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